240話
「ということは? なにが違う?」
そこまでわかっているなら話は早い。いや、当然か。頭の中で弾いてみて、とヴィズは促す。
なんとなくで演奏をイメージする。即座にベルは閃いた。
「……音域?」
つまり鍵盤数。オクターブ。
欲しかった解答をもらえたヴィズはひと安心。髪型、とか言われていたら困惑していただろう。
「そういうこと。となるとつまり——」
「おい」
タイミングよくイリナがドスの効いた圧力を纏う。若干の怒気。
言い寄られたカルメンはとぼけた顔つきで首を傾げる。
「なに? 負けた時の言い訳が思いつかない?」
考えるの手伝ってあげよっか? 練習不足、でどう?
などと突拍子もない発言をする少女の頭を掴むイリナ。そして揺らす。
「高音。音、出ないんだが。それにガタつき。これでどうやってショパンを表現しろと?」
高音域の鍵盤をひとつ、ドの音を押してみたイリナ。するとスカスカと空気のような音が生まれる。他にもいくつか。ガタつきはみんな平等だとしても、ショパンは特に哀愁漂う、甘いメロディー。一番の被害を被るだろう。少し弾いてみるが、やはり気持ち悪い。
表情には出さずに心の中で笑うカルメン。だが言質は取っている。
「いいけど、って言ったよね。せいぜい頑張って」
さて自分はなんの曲にしようか。勝ちは決まったようなもの。
古典派と呼ばれる作曲家達。モーツァルトなどを筆頭に数多の名曲が存在するが、当時は現代ほどの音域を持った鍵盤楽器はまだ開発されていなかった。五オクターブほどの中で作曲しており、その後六オクターブ、現在の『七オクターブと三鍵』へと進化している。
そして、ストリートピアノは当然ながらホールや音楽学校のように、しっかりと音が管理されたピアノではない。音が出ない、鍵盤が異様に重い、戻りが遅い、場所によってはイスもないなど、クラシック本場の国といえど環境として決していいものとはいえない。
そしてつまりこれがどういうことを意味するかとなると。
「……わかってて言ったろ。さっきそういえば一回止まったよな?」
ショパンはひとり、ロマン派の作曲家で、六オクターブをしっかりと余すことなく使い切る美しさを併せ持つ。つまり高音域を使わざるを得ない。にも関わらず、担当することになったイリナはハンデを背負うことに。
へー、とカルメンは初めて知ったような顔。
「気のせい。気づかなかった。奢ってくれるなら作曲家変えてもいい。自分の発言には責任持たなきゃ」
もちろん確信犯。今後ピアニストとしてやっていくのであれば、そのホールで用意されたピアノでやるしかないのが現状。プロならば自分のピアノを持ち込むことができるが、まだその段階にはない。ならその練習。




