24話
「たしかにね。はぁー、てか、これ正解あるの? じいさんが参考にするだけでしょ? 真面目にやらなくても」
と、気だるげにニコルが提案するが、厳しい目つきでブランシュは拒む。
「ダメです。あの人が見てくださるなら、私は本気でやります。それに、適当でいいなら最初からニコルさんは私に持ってこなかったはずです。何か隠してるのはわかってます」
「なにもー?」
眉間に皺を寄せてニコルを凝視するブランシュであるが、視線の先の彼女はそっぽを向いている。ため息をひとつついて、決意をもう一度表明する。
「ギャスパー氏が私の作った香水を……それだけで、適当にやる理由はないです」
またも、胸に手を当てて彼を想う。完全に恋する乙女である。
それをニコルは冷ややかに制す。
「はいはい、とりあえず音楽科の棟に行けば、日曜でも誰かしらいるでしょ。行くわよ、ヴァイオリン持って」
と、薄桃色のアトマイザーを手にし、イスから立ち上がって玄関に向かう。迷いがなく、足取りが力強い。考えてても仕方ないので、実行しようと決意した。もちろん、楽器を演奏するのも、香水を作るのも自分じゃない。
しかし、当のブランシュは乗り気ではない。
「今からですか? ホールに行けばピアノはありますけど……私は音楽科の生徒じゃないので、使っていいかどうか……」
「あーもう、ダメならダメ! そん時はそん時!」
渋るブランシュをニコルは強引に引っ張り、そのまま音楽科まで連行する。はずだが、もちろん場所がわからないので、道案内をしてもらいつつ、ホールへ向かう。
寮からは普通科の棟を越え食堂、音楽科の棟を越えた先にある。時間にして四分。コンクリート打ちっぱなしの外観をしたホールが見えてくる。予想通り人は見当たらないが、鍵はかかっていない。生徒は自由に出入りできるようだが、ここも学生証のICチップに反応して開くフラッパーゲートになっているため、悩んだ末にニコルはピッタリとブランシュにくっついて入ることに成功した。
「セキュリティが甘いのよ」
「勘弁してください……」
勝手に入っておいてこの言い草であるが、内心はヒヤヒヤしていた。もしアラームでも鳴ろうものなら、とりあえずブランシュを置いて逃げる予定だった。
重い扉を少し開けた瞬間、適度に反響する美しい音色が聴こえてくる。三六○度のすり鉢状になったホールの中心には、グランドピアノと、それを弾く女性。上から見下ろす形で、二人はバレないように耳を傾ける。
「はー、やっぱいるじゃないの。さすが勤勉な音楽科のタマゴ。なんだっけ、一日休んだら取り戻すのに二日かかるとか聞いたことあるから、いると思ったわ」
ね? とブランシュに向き直り、ニコルは意気揚々と小声で語りかける。行き当たりばったりだが、賭けには成功していた。
ブランシュは音楽科の人達に申し訳ない気持ちと、作戦がうまくいっている妙な達成感で、左右非対称の顔を作る。
「いいんでしょうか勝手に……でも、今弾いてる曲、ブラームスですよ。『愛のワルツ』です」
滑らかで優美な音色に、迷いながらもブランシュは聴き入ってしまう。不器用で儚いブラームスの人生が、目を閉じると自然と浮かんでくるようだ。上手い。これほど魂に訴えかけてくる『愛のワルツ』は初めてだった。
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