238話
そんな姿と建物を交互に見やったベルは、訝しんで問いかける。
「ここ? デパート?」
ネオビザンティン様式の巨大な威圧感。その大きさから観光地としても人気のある、円天井の老舗デパート。屋上のテラスからはパリの街並みが一望できることも有名な場所。増改築の結果、本館・グルメ・紳士館と三つも建物を擁する。そのレディースものを主に扱う本館の入り口。
高級品を扱ってはいるが、見るだけならタダ。ヴィズが一行を引き連れて入店。
「ここのデパートにもあるのよ。ピアノが。ほら、微かに聴こえるでしょう?」
会話の声に混じって、どこからともなくピアノの音。イギリスのロックバンドの曲をピアノにアレンジして弾いている模様。
「へー。駅とかだけじゃないんだ」
こういうところにあまり来たことがないベル。並んだ店と人々をかき分け進んでいく。自分達が今いる地上階、そこから七階まで吹き抜けた構造。二階のソファーで休む人々から手を振られたので振り返してみる。陽気だ。
ヴィトンやシャネルといったブランド群がスペースを取り、そこではお客が買い物を楽しんでいる。そしてその一角ではグランドピアノが置かれており、観光客と思しき男性がリュックを背負いながら演奏している。まばらながらも聴衆はおり、すぐに真後ろまで接近してリクエストなどもしている。
クラシックのホールなどとは違うが、紛れもない『音楽を楽しむ場所』。知らない者同士で連弾などもよく見かける光景。
話には聞いており、写真なども見たことはあったが実際に目にしたのはヴィズも同じ。柄にもなく、言い出したのは自分であるにも関わらず緊張感が少し。
「ま、環境とか調律とか色々あるけど。条件は一緒だし。一番私達や観客を沸かせる演奏をした人が優勝。最下位が奢り。どうかしら?」
提案したはいいものの、沸くのも観客次第、勝ち負けも曖昧。ジャンケン以上に運な気もするが、たまにはこんなものいいか、と満足。
パン、と手を叩いて上機嫌なイリナ。そういう判断基準も面白い。それにどんな場所でも弾くことは楽しい。
「乗った。面白そうだ。まとめ役のヴィズにしたら珍しいな、だいたいこういうこと言うのカルメンだし」
一瞥する。今日こそ決着をつけたい。色々な勝負の。
店内は少し暑い。マフラーから顔を出してカルメンは牽制。
「だいたい結果に文句言うのはイリナ」
「なんであたしが負けることになってんだ?」
あ? と鼻がつくほどまで接近してイリナは眼力で煽る。いちいち自身の勘に触る発言を心得ているヤツ。




