237話
「大人になった。えらいえらい」
通りすがりながらカルメンがその頭を撫でる。そうでなくちゃ。うんうん。
褒めてもらうのは嬉しいが、こいつの場合だけは信用ならない。イリナは身震いして払う。
「あーもう、うっさ」
「なになに? なんの話?」
そこに遅れてきたベルの姿。ピアノの好不調の波が激しいが、単純な技術という点では他を凌ぐ彼女。花屋でのアルバイト経験を活かし、奏でる音を花に見立てる感覚で弾く。それがベル・グランヴァルという音。
マフラーに顔を埋めたカルメンがボソッと呟く。
「また賑やかなのが来た」
耳のいいベルはそれを聞き逃さない。とりあえず若干の辛口な自身の評価が聞こえた。
「え? 私? なにが?」
気になったことは明日に持ち越さない。たぶん面白そうなことなはず。
「誰が今日のカフェ代を奢るかって話し合ってたところ」
呼吸をするように嘘を吐くカルメン。なぜかこのメンバーだとポンポンと浮かんでくる。
こういう適当なところはイリナは見逃さない。お返しに、くしゃっと彼女の頭を持つ。
「してないだろ。嘘つくな」
もう慣れたこと。不意にこういうことを言い出すので気が抜けない。とはいえ、自分じゃなくてもまとめ役がいるので、変な方向に話はいかないはず。だが。
「でも……そうね。それも面白いかも」
「ヴィズ?」
一番冷静に物事を処理できるはずのヴィズが、安い遊びの挑発に乗ろうとしている。高い声と共にイリナは見つめた。
「たまにはね。そういうのもアリかなと思って」
仲間が少しずつ前に歩き出した。その様を見ていると、身近なところからヴィズは自分に変化をもたらしてみたくなる。
そんなことを言われるとイリナとしても断りづらくなる。どうせベルは「面白そう」とか言ってノリノリで受け入れるはず。となると多数決で分が悪い。なら認めるしかない。それに負けなければいいだけ。
「どうする気だ? 合計から一番遠い金額を言ったヤツとか?」
話し合い、は絶対に決着しない。フランスという国はあまりジャンケンのようなもので決めることはしない。みなで納得のいく答えを、というのがこの国の理念でもある。運で仕分けることをあまり良しとしないことが多い。
急だったのでヴィズとしてもなにも考えていない。どうしようか。その通りに値段から遠い者にするか? だが簡単な暗算だ。それこそ納得しない。まわりをキョロキョロと見まわす。なにかないか。そんな時。
「……いや、私達だったら——」
イルミネーションに包まれた街からの脱却。通りすがりの建物が目に入る。多くの人々が出入りする。それを立ち止まって凝視する。




