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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歌うように。
234/369

234話

 相変わらずなにもかも勘づかれている。口に出さなくてもいい安堵感か、それとも絶望なのか。ブランシュにははっきりと区別はつかない。が、フォーヴ達の言葉と音が蘇る。


「『曲を知るよりもまず自分を知ること』。それしか……ありません」


 できないことはできない。バランスよく、という自分なりの音楽観。それを今。崩す時。崩さないで一生終えることができればそれが一番だった。だが、時はもう戻らない。ならば。 


「……へぇ」


 決意の色、のようなものか。マイナスの空気がゼロに戻る、そんな流れ。だがプラスにはなっていない。初期位置、そうそれだ。揺れ動く彼女の内情に、シシーはシューマンを当てはめた。


 マリーゴールドも。ジャスミンサンバッグも。おそらく今までであれば、甘い夢を揺蕩うような。そんな曲が思いついたはず。クライスラーのような。でも今は。そんな優しさに包まれた『自分』を。香りではなく、今の『ブランシュ・カロー』を音に。


「いきます」


 弾きたい、と伝えたわけでもない。だが、その衝動を抑えることはしない。手にしたケースからヴァイオリンを取り出し構えをとる。いつもより楽器に、弓に重さを感じる。空気がまとわりつく。まるで水の中にでもいるかのような抵抗感。それでも。


 ベートーヴェン作曲、ピアノソナタ第一七番『テンペスト』第三楽章。本来はピアノではあるが、ヴァイオリンで疾風怒濤を表現するニ短調。第一楽章、第二楽章と比べても激しさを増す嵐が、聴く者全てを薙ぎ払う。


 彼の作品は魂を削るようだ、と解釈する者も多い。その中でもこの曲『テンペスト』は特に削るよりも燃やす、と言ったほうが正しい叫び。作曲された頃、彼は難聴により自殺さえも考えていた。その背景が音により緊張感を増す。シューマンとの共通点もそれなりにある。


 まずは冒頭、まるで誰かに囁くような厳かな立ち上がりのリズム。分散するオクターブによりスピード感を得て駆け抜けていくアレグレット。流れは途切れることなく、まわりを巻き込んで絶望に叩き落とす。


 元々、この曲名はベートーヴェンがつけたものではない、とされている。シェイクスピア最後の戯曲に同名のものがあり、秘書をしていたシンドラーが捏造をして、二人の精神性を結びつけた、とも言われている。なんにせよ、曲と戯曲は表裏一体、と考えられていた。


 同年代のモーツァルトやサリエリが聴衆を意識した曲であるのに対し、ベートーヴェンは自分自身を表現することに注力していた。受け取る者に課題を投げかけるように、究極の求道者として生涯を全うした彼の音が。一歩踏み出そうとするブランシュに重なる。

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