227話
本来であればニコルもそっち側。だが、場を締める者がいないと収拾がつかない。
「……おそらくあの子は近いうちに変化がある。もうなってるのかもしれない。いい意味でなのか悪い意味でなのか。それも不透明。じゃ、あんたの出番でしょ」
そうならないことを祈りたいが。なるものはなる。ならないようにする、よりもここはなった時の対処を。
ニヒヒ、と対岸の火事とでも言うかのように意地悪くオーロールは笑う。
「変化? 変化しないヴァイオリニストなんていないよ。変化しないヤツは進歩のないヤツだねー。喜んでいいこと」
「……まだ早い?」
窺うように。焦りを見せながらニコル。
さらにどこからか野良猫が集まってくる。日向ぼっこ。それを邪魔されるのがオーロールは一番許せない。
「まだ、とかじゃなくて。私はさー。もういいって、ヴァイオリンとか。そういうの。観客は猫。猫以外の前で弾きたくないねー」
同じ波長。それを受け取ってくれる者だけ。そう言う意味ではあなたもねー? と細い目を開く。
悪い流れを断ち切ろうと、ニコルはここにいない人物の名前を出す。
「ベアトリス・ブーケさんも似たようなこと言ってたよ。もういい、もうやらないって。あの人が動いたらやる?」
最終兵器。これでダメならもう次の弾丸はない。最高のピアニスト……たぶん弾いてくれないだろうけど。どこか引っかかるところさえあれば。が。
「やらないねー。それにあの子はやらないと言ったらやらない。私より頑固。ダイヤモンド級」
いや、でもダイヤモンドは加工されたりするし、例えとしては少し弱かったかな? もっと硬い鉱物ってあるのかな? ないよね? そんなことをオーロールは思考しつつ拒否。柳に風。手応えはない。
せっかくここまで来て。手ぶらで帰るなんてできない。電話一本で済んだ、とかはない。わざわざ対面すれば、なんて甘い考えだった。ニコルはせめてなにかを得て帰る。
「……シューマン『詩人の恋』。ヴァイオリンは役に立たないんでしょ? どうしたらいい?」
聞いた話でしかないが。みんながそう言うのだからそうなのだろう。となると、もう手段は選んでいられない。
その曲かー、と元から瞑っているかのような目を閉じて回想するオーロール。厄介なものであることは間違いない。
「爺さんも人が悪いねー。あの子を潰しにいってるのかなんなのか。人が悪いというか性格が悪い」
ケラケラと笑いながら。人の苦しむ姿は見るぶんには好き。




