225話
なんだこの状況。呼ばれたにも関わらず、一向に音楽的な話すらしない。痺れを切らしたエデンはさっさと本題に切り出す。
《あんたもチェロかなんかやるのか?》
覚えておいて損はない、ということはそういうことだろう。音楽以外に共通点はない。たぶん。
チェロ。クラシック。そこでようやく脳が音楽に切り替わってきたブランシュ。一瞬口ごもる。
「私は……ヴァイオリンを」
《彼女が音を香水で表現できる子だ。以前話しただろ?》
万聖節からフォーヴが帰国したあと、みなに報告した面白い少女。それが彼女だ、とここで明かす。
しかし、期待されることもあまり好ましくないが、さらに今のブランシュ自身は。
「私は……」
なにも見えてこない。違う人だ、と否定したくなる。違わないけど違う。
目を大きくしてその記憶を思い出すエデン。多少ではあるが興味を持った。そんなヤツがいるのか、と。
《あんたか……その声色からして、スランプにでも陥ったか。諦めろ、そういう時は誰にでもある》
分析結果。なんだ、普通の人間か、と安心もした。それもそうか。
しかし思った以上にその言葉は弱るブランシュに突き刺さった。
「諦める……諦め……」
《諦めは別に、練習をやめてリフレッシュしろとか、音楽そのものを引退しろとかそういうのじゃない。俺の師は毎日毎日『諦めろ』と言われた。できないことは諦めろと》
今できることを今できるように。本番になったら根性でプラス二割増、なんて色気は出すな。これまで培ってきた自分の最大値じゃない。『今の自分の最大値』。語るエデンは、偉そうだなとわかっている。憧れのリヒテルが聞いたらどう思うだろう。二割増せ、と言うのだろうか。
熱いね。そういうのも好きだ。言いたいことは全て言ってもらったフォーヴ。付け足すくらいでちょうどいい。
《そうだね。上手く弾くんじゃない、上手く表現するんだ。今の自分を》
似たようなことをヴィズも言っていた。上手く弾くより、長く弾き続けることを念頭に。自分に合う感性を探すのも大事。
《そういった意味では、曲を知るよりもまず自分を知ることだな。なにができて。なにができないか》
そういえば普通科とか言っていた。音楽科でもないのなら、余計に片意地を張るものではないのに。さらにちょっとだけ、エデンはこのブランシュという少女の生態が気になる。
とはいえ、説教じみた熱いことを言ってほしくてフォーヴは呼び出したわけではない。本番はここから。
《ま、お喋りはその辺にして。そろそろ弾こうか。我々のスケルツォ・タランテラ》
《なんでお前が仕切ってんだよ》
グチグチと文句を言いつつも。なんやかんや前向きに演奏する空気を作られていることに、エデンの居心地は悪くない。時間無視で呼び出されても。弾ける喜びが勝つ。
音が聴こえる。スピード感と歯切れのいい技巧。珍しいチェロによるスケルツォ・タランテラ。
「私は……音楽で、香水でなにを表現したいか……」
出口の見えないトンネル。その一筋、あるかわからない光に向けて。ブランシュはもがく。




