222話
そんなことはおかまいなしにフォーヴはウズウズと滾る欲望を制御し、超人との邂逅を熱望する。
《しかし信じられないね。全くの初心者がピアノ伴奏をしながら歌曲を歌うとは。聞いたことはない、会ってみたい。今はどうしているんだい?》
時間があれば今からでも向かいかねない口調。それだけ音楽の世界は不思議が詰まっている。
「今は……ヴィズさん達に習ってピアノと歌唱の練習をしてくださっています。よく考えたら……私が違う曲と香水を作っているというのは、申し訳ない気持ちしか……私のためなのに」
問題はそこ。いつもの調子で引き受けてしまったブランシュだが、他人任せの本筋が存在している。焦りが体温を上げる。
またも長考するフォーヴ。それと同時にそれがブランシュ・カローという人間の素敵なところだとも思う。音楽をやっている人間は傲慢な性格が多い。特にヴァイオリン。目立つし。主旋律だし。控えめな彼女は真新しく映る。
《ブランシュは不思議だね》
「?」
突然そんなこと言われても。落ち込んでいるのに。背後から殴られたような鈍い衝撃に、ブランシュは言葉をなくす。
《誰かが誰かのためになにかをする、なんてことはありえないと私は思っているよ。全ては自分の利益のためだ。そのシシーさんもきっと、自分が面白いからやっているずだ》
行動は全て自己責任で自己満足。自分を満たすためにある、そう確信しているフォーヴは意見を通す。
当然納得いかず答えを求めるブランシュ。自分はそんなことはない……たぶん……。
「……その根拠は」
納得のいくものを。少しだけ、ムッと頬を膨らませたところで、余裕のなさを再確認した。
……こういう時は。私ならこうする。そう、フォーヴは携帯を手にした。
《少し弾いてみようか。数分待ってくれ》
今はスピーカーにして会話中だったが、フリックしてメッセージを送る。スイスイ、と慣れた手つき。
「? ……どういう」
またも変な方向に話が逸れる。今の一瞬になにが。首を傾げたブランシュは聞き返すのみ。
返信が届いた。その文章を歪曲して解釈したフォーヴは弾む声。
《心優しい友人が、スケルツォ・タランテラの練習に付き合ってくれるらしい。ありがたい話だ》
レッスン室で待つ、それだけ送った。帰ってきた返信は芳しくないものだったが、彼ならば来る確信はある。
この、ニコルを相手にしている時のような感覚。慣れてきたブランシュにわかること。
「……絶対に違うと思いますけど……」
そういえば二人は出会ってすぐに波長が合っていた。類は友を呼ぶ。




