221話
「……落ち着きましょう」
電気を消してみる。もう夕方。日が暮れているので真っ暗。精神統一。余計なものは排除して。ただ真摯に音楽と。香水と。向き合うだけ。それだけで。いい。
《どうしたんだい? なにか悩みでも?》
携帯のスピーカーからはフォーヴの声。充実しているのか、楽しげな声色。たんに音楽について話せるのが楽しい、というのもある。
気づいたらブランシュは電話をしていた。ただただ、どうしようかと悩んでいた……みたい。みたい、というのは本当に無意識で、声が聞こえてから電話をかけていたことに気づいたほどに。
「……あ、いえ。なん、となく……」
ハッとして、慌てて返す。本当は色々話したいのだが、なんと言っていいのかわからない。それに、誰かに伝わるという気もしない。それでも彼女は本気で取り合ってくれるだろう。だからこそ、時間を使わせては申し訳ない。そんなふうに後ろ向きに考えていた。
少しの間、無言。まだ付き合い自体は短い。むしろ三日間一緒にいただけ。だが、それでも同じ音楽を志す者同士。辛い出来事は誰にでも平等。フォーヴはそう考える。
《そういう時はだいたいなにかある時だね。話してみてくれないか? 力になれるかは別として》
シューマン、ではないな、と瞬時に悟った。そうであれば、音楽であればしっかりと伝えてくれるはず。そうでないなら、人間関係か……香水。そんなところだろう。
……そう言われると、友人として教えないわけにもいかない。ニコルやヴィズ達ではなく、ブランシュはなぜ彼女に相談しようと体が思ったのか。迷惑をかけづらいという理由かも知れない。ここにはいないから。いたら、心配をかけてしまう。
「……ありがとう、ございます。実は——」
まだ自身でも把握しきれていないが、掻い摘んで話してみる。シシーのこと、スケルツォ・タランテラ、全く音から香りが作れないでいること。上手く伝えきれたかはわからない。最中も勝手に口から言葉が出ていったから。
ふむ、と電波の先で思考するフォーヴ。
《なるほどね。今のままだと、手伝ってくれているシシーさんとやらにも申し訳が立たないね。留学は短期なんだろう?》
むしろこの時期に珍しい。自分も行きたかった、と羨む。
「………はい。あと数日で」
その貴重な時間を取ってしまっていることに、ブランシュとしてはありがたいが悩ましい。調子が良ければ前向きに捉えたいが、現在の状況がさらに引き立てる。
他人の心が動くのかはわからない。自分の手の届く範囲から逸脱している。ならば自分のできることを。他人をどうこうできるなんて烏滸がましい。それなのに。自分はもっとできるはずだと、できるに決まっていると上を向いてしまう。




