表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歌うように。
220/369

220話

「久しぶりです、普通に香水を作るのは」


 その日、ブランシュは一日上機嫌だった。ランチをニコルに奪われても。ニコルが勝手に隠しておいたお菓子を食べてしまっても。ニコルがその他色々とやらかしても。ここ最近のモヤモヤと鬱屈した気持ちが少しだけ、消え去ったような気がして。


「やっぱり……香水が好きなんですね、私は」


 再度確認できた。クラシックに傾倒しすぎていたのかも知れない。いや、それを通してできた友人達もいるわけで、当然そちらも楽しい。だが、元々は調香師を目指しているのだ。本質を見失っていたような。奥底に眠ってしまっていた感覚を取り戻せたような。


 数多存在する香油。それを組み合わせることで無限に変化する香水。ココ・シャネルも言っている。「ドレスはあなたを一番の敵に向かわせる」と。つまり、身に纏うもので全ての気分は変わる。香りもそうだ。服だけじゃない。


 頭の中で音楽を奏で。それをイメージして香水を作り出す。答えも正解もない、自分だけのオリジナル。スケルツォ・タランテラ。毒蜘蛛が元の名前の由来、ともされているが、イタリアにタランチュラがいるのかはわからないそう。なんにせよ不思議な話だ。


「結局、いくつも説があるそうなんですよね」


 音楽は技術、が全てではない。ハイフェッツの師であるアウアーは、弾き方を教えるよりも『なぜその曲を作曲家は作り出そうとしたのか』ということを弟子に考えさせたとのこと。構造や理解を重視し、どうやって弾くかよりも『どのように自身は表現するか』を追求した。


 演奏が全体で何時間とかかるような大作も。一分もかからないような小品も。真摯に向き合うこと。ギャスパー・タルマの課題にも。ちょっとだけ頼まれた依頼にも。それこそがブランシュの根幹を成す——


「——あれ?」


 ベッドの下からいくつもケースを取り出し、広げる。その中には大事な香油が入った黒いアトマイザーが無数に整列されている。柑橘類といったメジャーなものから、アニマル系の珍しいものまで。見ているだけでも楽しい、彼女の宝物。見ているだけで、様々な組み合わせに心躍る。はずなのに。




「……どういう、感じで作ってましたっけ?」




 なにも感覚がない。おかしい。もう一度スケルツォ・タランテラを奏でる。ピアノとヴァイオリンの激しい奔流。体が本当に踊ってしまいそう。なのに。


「……もう一回」


 もう一度。二度。三度。指は動く。ピアノの音もよく聴こえる。それでも。


「……なにも、香りを感じません」


 一切のイメージが湧かない。頭の中だけだから? いや、今までもそれで作ったことはある。脳内で響かせるだけでもいくらでも候補が出てきた。なのに。焦りが出てくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ