22話
目線をそらさず、真っ直ぐ感謝を伝えられて、ブランシュは赤面した。こんなにきっちりと言われたのは初めてかもしれない。言われてみて、嬉しさより恥ずかしさが勝ってしまった。なんとなく、天邪鬼な人だと決めつけていたので、素直に言わないと思っていた。不意打ちなところもある。
「ブ、ブラームスの代表的な曲ですから。音楽科の生徒ならみんな知ってますよ。それでも、やっぱりこんな素晴らしい曲が、一般にはあまり知られていないって……悲しいです」
「ふーん……ま、でも調香の方向性は見えたんじゃない? こんだけヒントがあれば」
自信ありげに笑みを浮かべてニコルは唇に指を当てた。
なんだか色っぽいな、とブランシュは感想を持ったが、それよりも言葉の意味だ。
「どの香りにしようとか、私にはさっぱり浮かんできませんけど、ニコルさんはもうわかったんですか? お聞きしてもいいですか?」
そういえば、最初に会った時も香りを当ててきたし、クラシックはダメでも、そちらには強いのではないか、とブランシュはなぜか期待してしまっていた。
「いーや。でも、香水ってのは三種類あるものがあるでしょ。んで、こっちは第三楽章」
ニコルはスリーピースを立てて、ブランシュの目の前に突き立てる。
ブランシュは一瞬たじろいだが、すぐさまハッと気づく。
「……そうか、トップとミドルとラスト、それぞれのノートを楽章に当てはめれば……!」
「そういうこと。じいさんもここまでは考えたからこそ、この曲を選んだのかもね」
ここまでやったなら最後まで自分でやれっつーの、とニコルは愚痴を叩く。
「なるほど! ならそれぞれの楽章の持つイメージと香りが一致すれば!」
「じゃあ任せた!」
視線を外し、ニコルは口笛を吹き出す。
「……え?」
「いや、任せたわ。私、調香とか詳しくないし。無理です」
脱力し、イスの背もたれに寄りかかりながら、ニコルは白旗を上げた。
「え、だって最初に会った時に香水全部当てて……?」
「わかりやすい香りだったし。人並みに香水には興味あるからねー。あと、じいさんの香水は嗅いだことあるし、なんとなくわかった」
人より勘はいいかも、と誇らしげにニコルは頷いた。たしかに嗅いだことある程度で、混じった香りを当てられるのは、中々できることではないのかもしれない。
「……じゃあ、ここから先は……?」
目を見開いて、だらけきったニコルをブランシュは見つめる。瞳から疑惑と絶望が色濃く反映している。
溶けてイスと一体化するかと思うほどに、ニコルはぐったりとする。
「ひとりでやるしかないわねー。テストで嗅ぐくらいならやるわよ。巻き込んだのは私だしそれくらいは。ていうか、貸しを返してもらってるだけだからねぇ、これ」
出会ったばかりだが、ブランシュは認識した。この人はおそらく一生こうだと。最初にパリジェンヌだと思ってドキドキした自分が馬鹿みたいだ。とはいえ、自分の香りがあの人に届くというなら、そんなことは些細なこと。他人のベッドでゴロゴロしながら寝てる人がいても、影響はない。不安もあるが興奮もある。
「でも、これでクラシックに興味を持ってくださる方が増えたら、嬉しいです。ギャスパー氏はそこまでお考えで……さすがです」
胸に手を当てて、ブランシュは敬意を表する。まるで教会で祈りを捧げるシスターのようだ。
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