218話
自分用なのだろう、下のベッドに寝転んだウェンディは細かい説明を開始する。音楽、香水について。
「大丈夫大丈夫、とは言っても私も詳しいわけじゃないんだけど。なんだっけほら、イタリアのどっかの町の名前からきてて、あと映画の『海の上のピアニスト』でも使われてたやつ」
それだけのヒントがあればブランシュとしてもすぐにわかる。それ以外にも『人形の家』などでも使われていた。
「タランテラ、ですね。港町タラントが由来の、テンポの速い舞曲です。有名なショパンやリストも作曲してますよ」
数はそれほど多くはないが、その速さこそが難しさを引き上げていて、聴衆から人気のあるジャンル。基本的にはピアノとなにか、という組み合わせが多いか。
「へー、じゃあそれで。誰の曲でもいいかな、私よくわかんないし」
恥じることもなくウェンディは言ってのける。プレゼントしたい。けどよくわからない。なので専門家に任せる。それが一番。一番賢い。
いいのかな……? そう訝しむブランシュではあるが、プレゼントはされるだけで嬉しいしありがたい。気持ちの問題。どちらも喜ぶならそれに越したことはない。
「……ではスケルツォ・タランテラで」
色々あるが、この曲が一番有名かもしれないので。
ヴィエニャフスキ作曲。約四分三〇秒ほどなのだが、速さを追い求める一部の実力者は、しっかりと弾きこなしつつも時間を短縮させる。プロであれば一〇秒ほど。あの史上最高のヴァイオリニスト、ハイフェッツは三〇秒も短くできたとのこと。
なにやらカッコいい響き。初めて聞いたウェンディのテンションは上がる。
「強そうな曲じゃん……!」
美しくもあり、なんだか妖しさもある。そんなタイトル。ぜひそれで。
じゃ、決まったことだし作りますか、とならないのが現状。道具も部屋であるし、なによりこのあと授業がある。
「とはいえ、この曲はヴァイオリン以外にもピアノが必要になりますので、少し預からせてください」
いつ頃渡したいか、というのも大事。出来上がりと少しアルコールが飛んでからでは香りが違う。なのでそこも気になる。
「いーよいーよ。なんか悪いねぇ」
かなり打ち解けてきた確信もあるウェンディ。ぐでーっと枕に埋もれて返事。どんな香りになるのだろう。気になる。
ブランシュとしては、こうして自分の趣味を通して輪が広がっていくのは正直嬉しい。多少落ちていた気持ちが右肩上がりに復活してきた。
「いえ、好きでやっていることですから」
その後、お互いの故郷のことなどを話しつつ、また後日ということで解散。部屋もわかっている、出来上がったら届けることを約束した。




