217話
ふと、立ち止まる。その瞬間に足音は反響だけ残して消えていく。まるで自分以外の全ての人間が消えてしまったんじゃないか。そんなことを考えた。いや、昨日からなにを言っている、しているんだ自分? そこへ。
「あー、ブランシュ・カローさん? おはよう」
その声もまた、反響する。その言の葉の主がコツコツと足音を立てて歩みを進めた。
皆のいる世界に戻ってきたブランシュ。数秒、その場で立ち尽くしていたらしい。一瞬、ここはどこかとまわりを見渡した。
「おはようございます。どうされましたか」
気を取り直してひとつ息を吐く。新しく取り込んだ酸素で細胞を活性化。
体を揺らしながら近づく女性。同じく制服を着ている。窓から差し込む光を一身に受けて、覗き込むように至近距離へ。
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「?」
なんだろう、怒っている……とかではなさそうだけれども。またニコルがなにかやらかしたわけではなさそう、ととりあえずはブランシュはひと安心。
少女の名前はウェンディ、というらしい。屈託なく色々な表情を見せる。
「友人のプレゼントにさ。香水あげようと思うんだけど、いいのが思い浮かばなくて。ブランシュさん、詳しいんでしょ?」
聞いた話によると、と目を大きく開いて眼力を上げる。
その圧力に屈しながらも、友人が増えるチャンス? とブランシュは対等に押し返す。
「えーと……趣味、の範囲内ですけど。それにその方の好みもありますから。どういったものですか?」
香水は有名なブランドからマイナーなものまで、いくらでも手に入る。それなのに自分に声をかけてきたということは、オリジナルなものを作りたい、ということ。頼られることはひっそりと嬉しい。
許可をもらったウェンディは、こっそりと耳打ちする。
「音楽をテーマに作れるって聞いたんだけど。それをお願いしたくて」
白い歯を見せて笑った。
たしかにそういうことはやっているけども。ブランシュはキョトンとする。
「? ……わかりました」
やっているけども。誰から聞いたのだろう。隠しているわけではないので問題はないのだが、少し気になる。
素早い反応で手を取るウェンディ。
「ありがと。部屋行こうか、ここじゃなんだし」
そして招待。もう友達ってことでいいでしょ?
嬉しいような戸惑うような。その中間地点にいるブランシュはされるがままに引っ張られ、すぐ傍の部屋へ。自分の暮らすところとほぼ同じ間取り。それもそうか、とひとりごちる。テーブルとイスまで一緒。場所も。促されそこに座る。
「それで、どういった音楽になりますか? 私はクラシック以外はあまり……」
上のベッドでは誰かまだ寝ている模様。いいのかな……と少し声のトーンは落とした。




