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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
歌うように。
215/369

215話

 パリの街はクリスマスマーケットが開催中、年明け数日まで賑やかに彩られる。チュイルリー公園にはスケートリンクや、大小様々な家の形をした屋台。イルミネーションが眩く、買う側も売る側も笑顔をより輝かせる。元々、冬になると移動式の遊園地が設置されていたが、それも相まって賑わいが相乗する。


 そんな中、なんとなく寮から抜け出してきたブランシュ。その表情は相変わらず沈んだまま。思い悩む。少し出てきますね、そう残して外へ。ニコルの返事には聞こえないフリをした。


 吐く息は白く、空に消えていく。このまま胸につかえたムカムカも溶けていけばいいのに。食べ物の匂い。タルティフレット、ハーブ、ワイン、その他温かくていい香り。ダメだ、考えがまとまらない。濃紺のコートのボタンに触れる。


「なんだか……悪いことをしてるみたいな気持ちになりますね」


 本来ならニコルがやりそうなこと。キラキラとした世界。このクリスマスマーケットと曇りがちな自分は、対比するとまるでシューマンの恋のよう。出身地であるグラースにこんなに夜中に人が集まることなんてない。本当にパリに来たんだ、と何度目かの認識。


 歩く。当てもなく。せっかくこんな大都会に来たんだから、という理由でここに来たわけではない。ただただなんとなく。クリスマスマーケットならたくさん人がいる、そう考えて来た。なんだかひとりになりたくなくて。元々、騒がしい場所は好きではないはずなのに。変わってきたのかな、と少し笑む。


 ヴァン・ショーを買ってみる。ホットワイン、ノンアルコールのもの。体が芯から温まるようで、ゆっくりと飲む。ベンチを見つけて座る。右端にちょこんと。


「……今年ももうすぐ終わります……」


 まだここに来て三ヶ月ほど。なんだか濃密な三ヶ月だった。ただただ趣味でヴァイオリンを弾いて香水を作って。それだけだったはずなのに。同じ空間にあるマーケットを楽しむ人々や灯りが別世界のよう。


「……どうして……」


 どうしてたくさんの仲間と。友人と。作り上げているのだろう。嬉しいのは当然だが、不思議という感覚のほうが強い。パリに出てきた時は、友人がたくさんできたらいいなとは思っていたが、なんだか実際になると夢のようで。ヴァン・ショーもあってポーッと体が火照ってくる。


 どこまで。自分は幸せでいいのだろうか。そんな資格はあるのだろうか。わからないけど。きっと。全てが終わったら私は——。


「……」


 無言で立ち上がると、まるでヴァイオリンを弾くかのように目を瞑り体勢をとる。ヴァン・ショーの香り。シナモン、クローブ、レモンなどの柑橘類。ハチミツにローリエやスターアニス。スパイスが多く入っている。体だけでなく心まで温まる。


(私が今、ここにいる理由——)


 誰かの目を気にすることもなく。少女はただ、音楽を奏でる。

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