21話
「いや、諦めるんかい! 私ならさぁ、関係なくいっちゃうね。そんでゴール」
クラシックは、いや、クラシックに限った話ではないが、その曲には必ず何かしらの意味や思いがあって作られている。本人が書き残しておいてくれたのであれば、それが正しいのだろう。しかし、秘めた想いを形にするために曲にしたり、そもそもが作曲者が不明な作品も多い。だから予想するしかない。その過程で、解釈の違いが起こり、その演奏家の個性が生み出される。
ブラームスの本当の気持ちはどうだったのだろうか。答えのない解答を追求することがクラシック。だから、きっとニコルのこの答えも間違ってはいないのだと思う。本人がそう感じたのだから。
「……そういう、考えもありなのかもしれませんね」
「え? なに?」
「いえ、なんでもないです。第二楽章では、憂いを帯びたメロディーで幕を開けます。これはブラームスがクララに宛てた手紙を表現しているらしく、ブラームスが名付け親になったクララの子供が、亡くなったことに落胆している楽章なんです。たぶん……」
ニコルの自由な解釈に、急に自信が持てなくなる。彼女ならどんな曲に変化させようとするだろうか。少し、気にならないこともない。
「なんか、めちゃくちゃ曲を私物化してるわね」
自分のことは棚に上げ、率直な感想をニコルは言っている。
「昔のクラシックはそんな感じの曲が多いですよ。誰かに、特にパトロンに宛てる、という曲が多かったですから」
「ふーん」と、つまらなそうに一応納得はした模様のニコル。彼女に相応しい男になるなら、恩師の妻でも娶る覚悟がないとダメらしい。
「で、問題の第三楽章はどうなんの?」
そう、ここからが問題である。一気に複雑な楽章となり、ニコルのようにコロコロと表情を変える。第一、第二楽章はある意味でわかりやすい部分ではあったのだが、最終楽章はかつての自身の曲や、第二楽章が再度現れたりと忙しい。
「降り続く雨をピアノが表現し、しばらくは物悲しさが続くのですが、突然第二楽章のメロディーが勢いよく出現し、膨れ上がった……かと思いきや、一気に消え去ります」
一度咳払いし、呼吸を整えたブランシュは一気に最後まで語る。
「また雨が降りだすのですが、短調の暗く重い曲調から、長調の明るく晴れやかな曲調になり、第二楽章のメロディーを回想しながら終わる、という曲になっています。この曲を聴いたクララは『天国に持っていきたい』と言ったそうです。おそらく、亡くなった子供に聴かせてあげたかったのかと」
「…………」
「ブラームスの曲の多くは、彼の叶わない恋と孤独を元に作られた、とも言われています。今、こうして他人の恋愛を語りながら楽しくピアノを弾いているというのは……よく考えたら気が引けますね」
「…………」
「もし、彼の恋が叶っていたら、どんな曲を残していたのでしょうか。もしかしたら、ここまで有名な作曲家になっていなかったかも、と考えると、喜んでいいのか、わかりませんね」
全てを語り終えたブランシュの肩に、思い詰めた表情のニコルは手を置いた。
「……マジでブランシュいてよかったわ。ありがとう。私だけじゃ無理でしょこんなの」
続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。




