209話
首を傾げながらシシーは軽く否定。
「いや、本当に知らない。だが、この曲の歌詞や伴奏から見えるものがある。作曲家の意思、のようなものかな。見えないものを読み取るのも得意なんでね」
相手の持つオーラ、空気を察知すること。彼女には苦ではない。観察。その人物に隠れる色。それにほんの少し自身を近づけるだけでいい。
同年代に生まれたことを若干ヴィズは恨む。こういう人間はまだいるのかもしれない。
「……音楽科に入ってもすぐに頂点を取れそうな人ね」
自分の進む道とは違うと認識しつつも、奇異の目で見てしまう。そんな自分に嫌気も差す。
もちろんシシーは今後音楽に情熱を傾けるという気はない。趣味として、それくらいであれば長く続けられるかもしれない。
「けど俺は結局誰かの真似しかできないからね。ピアニストや歌手のような、それこそ自分の個性を活かしたものを生み出せる気はしない」
誰かが生み出した芸術を。ありがたく堪能して真似てみる。その程度。そんな人間だと理解している。それでも。
「怪物」
「……ちっ」
カルメンとイリナはより警戒心が高まる。ピアノを早い段階である程度弾けるようになる、という才能を持った者はいるが、これはそういった次元ではない。人間の皮を被った何か。
「おやおや。また距離ができてしまったかな」
それを寂しがるシシー。もっと仲良くなりたいのに。
足元に空き缶でもあったら思いっきり蹴りそうなイリナのフラストレーションを、付き合いの長いカルメンは感じ取った。わからないでもないけど。
「また腐らないで。面倒だから」
前回の件をここでも持ち出す。もう一回見たいけど短いスパンではいらない。
片眉を吊り上げて「あ?」とイリナは睨め回す。
「ならねーっての。あたしはあたしの音を目指す、それだけだ」
そういう人間に影響されるとロクなことにならない。それは前回学習した。だからありがたい仲間と迎え入れるほうが吉。気持ちをリセット。
そのやり取りにシシーは青春を感じる。羨ましい、そして美しい。
「素敵だね。で、どうだい? 役に立てそうかな?」
今回の主役はピアニストではなく、舞台下の二人。そちらに目線を送る。
急いで階段を駆け上がりニコルはその手を掴む。聖剣を手に入れた勇者の気分。負ける気がしない。
「そりゃもう。我々の楽団に入ってくれたら心強い。チェロ担当もいるからね。どこかで顔合わせもしたいところ」
カロー楽団。ヴァイオリン、ピアノ、チェロに加えて歌い手もゲット。あとはシェフとパティシエとマッサージ師が欲しい。




