202話
他意はありませんよ、そうとでも言うかのようにシシーは両の手のひらを広げて見せて、害のなさをアピールする。
「ただの勘だよ。俺は人間の観察が趣味でね。その人の行動や仕草なんかから、なにか情報を得ようとしてしまう。悪い癖なんだ。気に障ったなら申し訳ない」
事を荒立てる気も当然ない。ただ親しくなりたいだけ。
少しツンツンとしていた自身を恥じるイリナ。仲良くできるに越したことがない、と考えているのは彼女も一緒。
「……別に……いいけど……よろしく」
「ありがとう。そちらはヴィジニー・ダルヴィーさんだね。よろしく」
続いてシシーは残るひとりにも声をかけた。そして右手を差し出す。
名指しで呼ばれたヴィズは、まわりにいる人間達に目線で確認を取る。誰か教えた? と。
「……なぜ私の名前を?」
ブランシュ。ニコル。どちらかが教えた可能性はある。しかし。
「信じらんないけどさ。生徒の顔と名前は全部覚えてるんだってよ。ケーニギンクローネもモンフェルナも」
すでに同様の驚きを味わったニコルが種を明かす。ベルギーのほうも、こいつなら覚えているかもしれない。ありえる話。
シシーからすれば、そこまで特殊とはいえない能力。香水やら紅茶やらに比べれば。
「驚いたかもしれないが、記憶力はいいんだ」
ただ記憶力がいいだけ。それだけ。誰にでもできる。
「てことは私達の名前も——」
「知ってたってことか」
カルメンとイリナも若干、心のザワつき。圧巻すぎて手放しに「すごい」と称賛できない。同じ音楽科でさえ、名前が朧げな人もいるのに。タレントでもない、会ったこともない人物を記憶するというのはよくわからない感覚。
「その通り。すまないね」
余裕のあるシシーの謝罪。
とはいえイリナからすれば、だからなに? と切り替えてシューマンの歌曲に取り掛かる。
「別に。ただ、あたしらは音楽にうるさいからね。素人さんには難しい協力かも」
少し棘のある言い方。なんとなく、そうただなんとなく。彼女の力を借りていいものか、できれば借りないで完成させたい。信用できない。
だがまとめ役のヴィズからすれば、手伝ってもらえるならば音楽についてではなくても、力強い味方であることは変わりない。それに、姉妹校の生徒と交流できるのは、個人的にも興味がある。
「イリナ。ごめんなさい、交流できて嬉しいわ。よければ発音のアドバイスなんかももらえるといいんだけど」
嗜めつつ、協力を仰ぐ。人は多ければ多いほどいい。




