195話
その質問は先にニコルから飛び出る。全く覚えにない人物。ケーニギンクローネには行ったこともない。
「……あんた、何者? なんで知ってる?」
一歩、シシーは歩み寄る。もちろん表情は変わらない。
「なにもかも勘だよ。そうだったら面白いなというだけ。しかしその反応を見る限り、当たりなようだ。ピアノは……専攻の人にでも弾いてもらうのかな。そういう深読みをするのが好きなのと、得意なだけだ。他意はないよ」
本当にそう。全く裏に意味はこもっていない。面白いほうに転べばいい。
「なんで名前を知っている、というのについては?」
背筋を正したニコルは逆に前に出る。このまま野放しにするのもなにか危険な気がする。色々と気づかれているならば、学園への密告もありえる。その前に手を打つ。
鼻先が触れそうなほどにシシーも接近し、そして目を閉じた。
「全て覚えてきた。あちらにいる時に、生徒の名簿は見せてもらえたんでね。名前と写真だけ。せっかくだから有意義なものにしたいだろう? でもキミの名前はなかった。どなたかな?」
持ち出し厳禁の個人情報。サラッと見ただけだが、この顔に覚えはやはりない。記憶違い? そうではない。ならば本来はここにいないはずの人物ということ。楽しくなってきた。
……睫毛長っ、それと肌のキメとか。美人……だよな相当……と余計なことを考える。気圧されつつニコルはため息を吐いた。
「……ま、フツーの人間ではなさそうかね。そういうのは大歓迎。ニコル・カロー。よろしく」
そして諦める。いや、頼んでる側なのに諦めるっておかしいけど。なんとなく、この余裕っぷりからして密告とかそういうタイプじゃない。気がする。ならば協力してもらうのが吉。
名前を聞き、シシーは引っかかりを感じる。
「カロー? それじゃキミ達は——」
「姉妹です。似ていないとはよく言われますが」
その問いにはブランシュが答える。この相手には隙を見せる前に完結させること。それが大事。スペースを与えればそこを突いてくる。
スッキリしない、と眉を寄せるシシー。まだなにかある、と両者に目線を送る。
「……ふむ」
小さく嘆息も追加。枝分かれした可能性をひとつひとつ吟味して、いくつもの解答を用意してみる。
沈黙が怖い。自身を落ち着かせるようにブランシュはさらに質問を重ねる。
「あの、なにか……?」
願わくば簡単なものを。答えられる範囲内で。
俯いていた顔を上げたシシーは、爽やかに吐露する。
「いや、どうしてそんな嘘をついているのだろう、と気になってね。なに、それを咎めようという気も権利もない。人間ひとつやふたつ、嘘をつくものだ」
自分も。秘密が女を女にする。




