193話
「いいね。面白そうだ。引き受けよう。俺以外はみんなやりたがらないだろうし」
翌日。願望を聞き、黒を基調とした、出身校の制服を身に纏ったままのシシー・リーフェンシュタールはその場で快く快諾した。ケーニギンクローネからの短期留学の少女。来週には帰ってしまう。時間はないが、興味が勝った。
場所はモンフェルナ学園の中庭。天気は快晴。中央には人工大理石を使った噴水が立ち上り、その周りには等間隔で八つの長い木製ベンチが取り囲む。そのひとつに彼女は腰掛けていた。
一歩踏み出し、言った側ながらもニコルは驚きを隠せない。
「え、いいの? そんなあっさり?」
いつもは強気で強引、相手の状況など二の次という彼女ではあるが、ここのところは否定されすぎて、すんなりことが運べている今に困惑。
とはいえ、シシーとしても言葉に保険はかけておく。
「やったことはないし、その曲も知らないけど。それでいいなら。リートとか、あまり歌うこともないから、満足のいく成果にはならないかもだけどね」
自身にとっては未知の領域。だが、頼られるのは嫌いじゃない。やったことがないからこそ、成功の確率も何もかもわからないからこそやってみよう。そんな不敵で自然な笑み。
当然断られると確信を持っていたブランシュとしても、想定外の流れ。どういった曲なのかも知らない、それなのに二つ返事で引き受けると。
「……ありがたい……話ですけど」
話を持ちかけた側が顔を見合わせる。喜ぶべきなのだが、ただただ頷くだけ。
硬直した場。立ち上がったシシーは、頭ひとつぶん低い身長のブランシュの髪を撫でる。
「いい香りだね。キミは香水を作っているのかな?」
そして、唐突にズバリと言い当てる。笑みは崩さず。
「……!」
「……は? なんでわかるの?」
それとは逆に一歩後ろに退くブランシュとニコル。いきなり本質を突かれ、警戒が最大に高まる。なにも、ひと言もまだそれについて話していないはず。冷や汗が背中を伝う。
まだ髪に触れていた姿勢のまま、シシーは種明かしをする。
「ただの勘だよ。とてもいい香りがしてね。香水には結構詳しいと自負していたんだが、初めての香りだ。なので手作りか、それか世界にひとつだけのものなのか。作っている、のほうが素敵だからそっちを選んでみた」
友人にそういったことに明るい人物がいてね、と追加。そのおかげで色々と香りを試している。味わった香りは全て覚えている。




