19話
「それはわかりませんけど……でもたしかに、難しさでくるのか、それとも知名度でくるのか、色々と想像を掻き立てられます」
言われてみれば、最後にくるのに『第一楽章』とかは考えづらいというのも一理ある。難しいとなると、ヴァイオリンならバッハの『パルティータ』やベートーヴェンの『クロイツェル』、ピアノもラヴェルの『夜のガスパール』やリゲティの『悪魔の階段』など、人によって評価は違えど、山ほどある。
「てか、そもそもなんの楽器の曲かすら聞いてないわ! しまった!」
そこも問題である。
「他にも楽器はたくさんありますからね。金管楽器や打楽器やら。でも、ブラームスであるなら、ヴァイオリンは確定。ピアノもあると思っていいでしょう。中心はこのふたつじゃないでしょうか」
まさか指揮者目線の曲ということはあるまい。となると、オーケストラの軸となるのはヴァイオリンとピアノ。有名な曲もこのふたつに多い。早速メモ書きしたが、そもそも一一曲目を当てるゲームではないことに気づいてブランシュは二重線で消した。ダメだ、この人のペースに乗っちゃ。
「まぁ、クラシックといったら、みたいなとこはあるものね。私でもわかるわ」
「他のアトマイザーには曲名書いてないんですか?」
全部で現在は一○本。それら全てを見れば、傾向がわかるかもしれない。もしかしたら調香も、柑橘系やウッディ系などバランスよく分けることができる。
ニコルは頭を振った。
「ないのよね。一曲に集中しろってことかしら。実はまだ決まっていない、とかあるんじゃないの」
しかし、一○という数が決まっているにも関わらず、曲が全部決まっていないなんてあるのだろうか。一○という数すら意味があるのでは? とブランシュは深読みしてしまう。脳に糖分が不足しているのか、コーヒー用の角砂糖をそのままひとつ食べる。味はよくわからない。
「香水のタイトルにする以上、おそらく耳馴染みがあり、タイトルも聞いたことがあるもの、でしょうか」
「『雨の歌』は私、聞いたことないけど。そんな有名なの?」
いつの間にか、隠しておいたガレットをニコルは持ち出している。二区の有名な洋菓子屋さんで並んで買ったのに……と、もうこの人を招き入れた時点でこうなることは確定していたのだ。気持ちの切り替えが大事だ。
「とても有名な曲です。ブラームスと聞いてこの曲を連想する人も多いのではないかと」
と、ブランシュは言ってから気づく。有名な曲はテレビや学校などでよく使われたりして、耳に馴染む。となると、タイトルだけでわかるなんて、音楽をやっている人くらいなものだろう。たぶん、この人の方が正しい反応なのだ。
「はぁー、雨の匂いのする香水ってこと? あんまいい印象ないけど」
タイトルから香りをイメージしたニコルは露骨に嫌な顔をする。生乾きの洗濯物でも浮かんだのだろう。それは雨じゃなくて雑菌の匂いである。乱暴にザクっとガレットをかじる。
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