189話
それには渋い顔をしながらも、ニコルは認めざるをえない。今回ばかりは仕方ないのだろう。
「……ピアノは誰かに弾いてもらうとして……いや、待って。歌えば?」
ここで妙案。ヴァイオリンが演奏できないのであれば、もうひとつの表現方法。歌曲なのだから、歌うという選択肢。これも音楽。クラシック。
「私が、ですか?」
動揺しながらもブランシュは確認を取る。歌う、自分が?
一〇個も作らねばならない香水があるのならば、一個くらいはそういうのがあってもいいだろう。解決策を思いついたニコルは饒舌になる。
「ほら、私が歌ってもいいわけよ? 結構いけてると思うんだけど」
根拠はないけども。練習も、講義を受けたこともないけども。どこかから自信が降ってくる。が。
「……それであれば声楽科の方に頼みます……」
そんな知り合いはいないブランシュだが、妹に頼むよりかはいい香水になる気がする。もしかしたら、そこにも友人ができるかもしれない。もちろん、ヴィズ達に頼み込んで仲介してもらうことが前提ではあるのが心苦しいが。
そう言われると、ここがもしかしたら唯一の活躍の場、とニコルも引かない。なんとしてもその座を奪ってみたくなる。
「いやほら、だってドイツ語だし。喋れないし。歌うったって、母国語じゃなかったらそりゃ、条件は五分じゃない?」
なら自分が候補でも。歌うことは嫌いじゃないし、ここらで役に立つのも悪くない。
とはいえ、そんなわけないことはブランシュも周知している。
「それ以前の問題です。発声練習からですね」
きっぱりと。そんな生やさしいものではない。
唇を尖らせ、渋々諦めるニコルだが、もうひとつ確認しておきたいこと。
「で、ブランシュは歌わないの?」
戸惑うブランシュは瞬きが多くなる。
「……私は……いいです……」
モゴモゴと歯切れの悪い回答。
「楽器がダメならそっちしかないんじゃない? むしろ、今回のメインなんだから。まぁ、その能力が使えないんならしょうがないけど」
至極もっともな意見を口にするニコル。ただの傍観でいい香水が作れるならなんでもいいが、この子はそれで満足するのだろうか。
そこへこの曲をある程度は理解しているブランシュは、極めつけの情報を添える。
「というよりも、この曲はネイティブでなければ相当に難しい曲なんです。もちろん、そうではない方もたくさん歌ってらっしゃいますが」
シューマンの歌曲といえばこの曲。もしくは妻であるクララに捧げた『ミルテの花』。人気もあり歌い手も多い。しかし、完璧に歌いこなせている者はごくごく僅か。なぜか。
「ていうと?」
いつも通り、考えることを放棄してさっさとニコルは話を前に進める。どうせ思いつくことはない、と諦めにも近い潔さ。




