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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
186/369

186話

「厄介ごとはお断りなんだがな」


 パリ八区にある花屋〈ソノラ〉にて、店主のベアトリス・ブーケが言い放った言葉の温度は、限りなく冷たい。一〇度を下回る外の気温よりもさらに。


 店内中央付近のイスに座った彼女を真っ直ぐに見据え、入店したばかりのニコル・カローはニヒヒっと口角を上げた。


「まぁ、そう言いなさんなって。一応感謝してるんだから、さ。ガムかむかい?」


 と、さも当然のように向かいの席に座り、頬杖を突く。そして一枚の板ガム。コーヒー味。さっき買った。


 少し首を傾げ、気だるげに対応するベアトリス。


「いらん。さっさと帰ったほうがいいぞ。もうすぐ次のお客さんが来る。うちは予約制なんでな」


 もし来店した際に他の客がいたのでは、気まずさが漂ってしまう。ゆえに早く帰れと。しかし。


「あー、大丈夫大丈夫。それ私だから。弟くんには偽名を教えちゃって申し訳ない」


 しれっと店を欺いたニコル。「悪いね」と、少しも悪びれた様子はない。


「で? 用件は?」


 面倒、という適当さを感じる応対のベアトリスは、店内に視線を移した。真面目に取り合う気はない。


 さらに体を寄せて、囁くようにニコルは問う。


「……三つ目までは終わった。あなたの率直な感想が聞きたい」


 先ほどまでのお気楽さはなく、真面目な声のトーン。全権でも託すかのように、遊びのない声色。


 しかし、その矛先のベアトリスは一切、心が揺れていない。


「ただの花屋だ。クラシックなんぞ知らん」


 弟と、花と。それだけのただの人間。ちょっとだけ、ベルには指導っぽいことしてるけど。


 一度姿勢を正すニコルだが、少し笑みを浮かべて背もたれに寄りかかる。


「そう言わないでよ。本当はあなたも——」


 と言ったところで口をつぐむ。目の前の人が突き刺すような目つきに変わっていた。


「……私も、なんだ?」


 そのベアトリス圧力に屈し、ニコルは肩をすくめる。


「……いや、こっちの話。それよりも四曲目。決まったから報告にね。また力を借りるかもしれないからさ」


 と、一枚の小さな紙をテーブルの上に置いた。なにか小さく記されている。


 数秒その紙を睨みつけたベアトリスは、無言で拾い上げる。そして確認。


「……おい、どうする気だこれ」


 紙を突っ返すと、その内容に言及した。若干、呆れている。


 その感情の変化についていけず、ニコルは「ほ?」と間抜けな声。


「どうするって、もちろんブランシュが弾いて作って弾いて作って、を繰り返して——」


「読んでみろ」


 脱力した体勢でイスにかけるベアトリスは、軽くテーブルを叩いた。


 なにかの暗号? 興味津々にニコルは眼前に紙を持ってくる。が、作曲家と曲名がいつもの通り書いてあるだけ。


「……シューマン『詩人の恋』。なんかロマンチックだねぇ」


 恋とか愛とか。これぞロマンじゃないの。体をくねらせて表現。


 その様に、ベアトリスはひとつ大きめのため息を吐いた。


「呑気だな。それはクラシックだが、その中でもドイツリート、つまりドイツの歌曲だ」


 トントン、と再度指でテーブルを突く。


 それを脳内で処理したニコルは、結果、目をキョロキョロと動かしてさらにじっくりと消化。


「……歌曲? 歌? 歌うの?」


 え、私? まいったなー、ついに姉妹でコラボしちゃう? 美声がバレちゃうなー、などと照れていると、非情なベアトリスの宣告。


「歌うどころかその曲は——」


 ジトっとした目を投げかけ、息を吐いた。


「ヴァイオリン、使えないぞ」


 さて、とイスから立ち上がり、ベアトリスはコーヒーを淹れに店奥のキッチンへ。なんとなく、今日のエスプレッソはシアトル式にしよう。


 ひとり残されたニコルは、背筋を伸ばして、丸くなった目でその背中を追った。


「……え?」






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