185話
そして曲調が変わり、どこか開放感のある雰囲気が漂う。甘美な調べで愛を語っているかのよう。詩でも、恋する相手の腕に抱かれている表現の箇所。だがすぐに死神はヴァイオリンをかき鳴らす。高速で動く指がまるで——。
(……まるで、怒りを表現しているかのよう。なんだろう、胸騒ぎがするような……知っている曲のはずなのに、知らない曲、みたいな……)
表現力を増したヴァイオリンとピアノに当てられたブリジット。死神の逆鱗に触れ、恐怖にも似た負の感情。かつてはこの曲でこんな風に感じたことはなかった。
ブランシュの瞼の裏に映るもの。
(私という死神。その演奏から香るものは——)
永遠に舞う甘い夢——エヴァーラスティング。
永遠の静穏——ブルータンジー。
そして、永遠に消えぬ命の炎——ストロベリーキャンドル。
ミドルノートに選んだ三種。甘く優しく、それでいて漂うような。激しさは見かけで、内側では泣いている。フォルテもピアノも、悲しさが。そう捉えた。
フランスの作曲家や楽曲と、ドイツの作曲家や楽曲には大きな違いがある、と言われている。サン=サーンスのようなフランス風は『作曲家が無理に答えを出さず、聴き手も流れに身を任せる』という風潮が強い。
逆にドイツでは『明確な答えを要求する』。ゆえに、この楽曲は人によって大きく解釈が異なり、様々に顔を見せることが惹きつけるところでもあるのだろう。
ヴィズには盛り上がりがピークに上り詰める、その熱量を溜め込んだ噴火の前、というように感じられた。力強いヴァイオリンの音はこのあとの嵐を予感させる。
(一体、他の人達はどう捉えているのかしら。私には……喜んでいるように思えてならない。ブリジットはなんとなく辛そうね。それもわかる。ほんの少しのバランスの違いで、どうとでも受け取れる。聴衆に『考えさせる』演奏)
キャンドルがチリッと、魂を焦がす。
またも曲調が変わり、優しくゆったりとしたものへ。しかし、徐々に荒々しさを加えつつ、物語はピークに向かう。
(楽しそうな骸骨、喜ぶ骸骨、悲しみに暮れる骸骨、怒る骸骨。感情が蜜みたいに溢れてくる。うん、よかった。イリナの音)
ついでに自分の感情がわからなくなったカルメン。喜んでいいのか、悔しいのか、安心したのか。ただ、目を瞑り、最後の激流のように押し寄せる圧力を受け止める。
死神が優しくブランシュの肩に手を添える。さぁ、最後まで突き抜けよう、と。
(みなで手を繋ぐ死の輪。カザルスの詩では、そう書いてありました。そして、踊りは死の恐怖から救うためだったとも。だからこそ、終わりないこのワルツに終わりを——)
最後の、香り。
死の口づけ——サンパギータ。
死を運ぶ風——ビーズワックスアブソリュート。
そして、生の渇望——セントジョーンズワート。
力強く、激しく、優しく、切なく。さらなる高みへピアノとヴァイオリンがひとつに。死者達の想いを全てひとつに。一気に弾き切る——。
……夜明けを告げる雄鶏が鳴き声をあげる。すると、骸骨達は踊りを止め、死神も消え去る。辺りは再び静寂が支配する。先ほどまでのワルツなど、何事もなかったかのように。
あぁ、哀れな世の中に、なんと素晴らしい夜だったことか。死と平等に祝福を——カザルスの詩は、そう締めくくられている。
弾き終わったブランシュは、まるで天井などないかのように、空を見上げ、死神に別れを告げた。




