180話
「どういうこと?」
二人だけで通じ合ったことに納得がいかず、イリナが説明を要求する。一緒に弾くのは自分なのに。
当然の問いかけに、ブランシュは解釈を説明。少なくとも彼女には伝えねば、とは考えていた。
「精神的な部分ではありますが……骸骨、というのは不完全な状態だと思うんです。血肉を失い、そんな状態で踏むステップ。どこかぎこちなさを感じて」
ふむ、とルノーもそれには納得の様子。
「言いたいことはわかるね。オーケストラ版でも、骨がカタカタと鳴る音を木琴で表現しているくらいだ。人間とは違う」
この曲は珍しいことに、本来は木琴を使う曲となっている。曲の途中、それを表現しているのであろう箇所が出てくる。つまり、サン=サーンスとしても、上手いダンスというものを要求はしていないはず。
「となると、完全に弾けてしまうのは違う、ってこと?」
窮屈さのようなものをあえて感じさせる演奏。こんなのコンクールではできない。イリナは少し、ワクワクしてきた。その時しかできない演奏。
「完全……というほど弾けてはいないのですが、この曲に関してだけは、滑らかさよりも硬さや歪さ、そういったものが合っている気がしたんです。なので……お借りしました」
謙遜しつつ、ブランシュの話せる事の経緯はこれで全て。自分なりに考えた結果。
だがそれ以前に大きな疑問が。そこに食いついたのはイリナ。
「いや、それで借りれるって……あんた何者? 誰から借りた?」
そもそも、ストラディバリウスをポンっと貸してくれるような後援者。普通いない。
当然、言えるはずもないブランシュは言葉を濁す。そもそもが香水を作るという目的が、その人のためでもある。
「……それは……ですね……」
「はいはい。誰しも隠しておきたいこと、ひとつやふたつあるからね。聞くだけ野暮」
空気を読んでルノーが割り込む。追求するのは可哀想。というか、今から一緒に演奏するというのに大丈夫か?
他人が責められているのをもっと見ていたかったサロメは、文句を言って不貞腐れる。
「なーんか納得いかないわね」
少し気になる。ストラディバリウスは現在の行方がわからないものも多い、と聞いたことがあった。その『シュライバー』とやらは、もしそうだとしたら後援者はどうやって手に入れた? 考えても答えは出ない。
三人ともの気持ちがわかるルノーは、強引に話を締めくくる。
「大人になれば、納得いかなくても納得いったフリをするもんだ」
そうやって大人になる。サロメはしばらく無理そうだけど。納得いかないと、途中で投げ出して帰りかねない。




