178話
それをなぜか挑発と受け取ったサロメは、職権を濫用する。
「あん? 文句あんの? ホールのピアノ調律、ガタガタにするわよ」
それはいい、と自画自賛。なんだったらハンマーを鋭く仕上げて、キンキンとした音にしちゃおう。
なぜかケンカ腰の少女に若干身構えるヴィズ。
「ない、けど……」
油断ならない。なにか今後いじられるかもしれない、と一応警戒。
切り替え、澄ました顔でサロメは問いかける。
「サン=サーンス『死の舞踏』、あんた達ならどう弾く?」
演奏にはそれぞれのピアニストの個性が出る。より明るく弾く者もいれば、おどろおどろしさを全面に出して、じっとりとした恐怖を感じさせる者も。
それにはブリジットが答える。サロメとは以前に調律してもらって以来の仲。唯一知っている存在。
「独奏か伴奏かでも違うけど、ワルツだから。不気味さの中にもリズミカル、奇妙な魅力が出るように、かな」
舞曲。ならそれを活かさない手はない。聴いた人がイメージできるように。
「まぁ、だいたいそんな感じでしょうね。フォルテピアノなら?」
そのままサロメは質問を追加して返す。ピアノの違いをどう表現するか。
「……より軽やかなダンスステップ?」
自信なさそうにブリジットが窺う。軽やかさが売りのフォルテピアノ。そちらに傾倒してしまったほうが、いっそ中途半端にならずに済む。
それには教科書通りだがサロメも同調。柔らかい音で恐怖感を演出するよりかは、いっそ楽しくしてしまえ。そちらのほうが弾きやすい。強調とのギャップもあるため、むしろそうすることで内包する恐怖感の演出もできるだろう。
「かもね。ま、あの子がどう表現するか」
今日の調律は少し特別。さて、どう活かしてくれるのか。
そこに集中力を増したブランシュとイリナが入室してくる。緊張とリラックスが程よく混じり合い、いい雰囲気に覆われている。
少し早足気味にイスに座るイリナ。いつも座っているモダンピアノではなく、その横の華奢なフォルテピアノ。外の景色を見る。いつもの中庭が見える窓。不思議と落ち着く。コンクールではない。ただの友人を呼んでの演奏。無音の中、そんなことを考える。
「お待たせしました。ではお願いいたします」
床に置いたケースからヴァイオリンを取り出す。たおやかな指に吸い付くように、ブレない姿勢の少女に楽器が収まる。
そこでカルメンがひとつの違和感に気づく。
「……ブランシュのヴァイオリン、いつもと違う?」
ヴァイオリンは似たような色合いのものが多いため、気のせいかとも思ったが、そこに目がいく。まじまじと見たことはなかったが、他の四人にも意見を求めるように視線を移す。
言われてヴィズも注視すると、そんな気がしてきた。
「たしかに。あの子が大事にしていたものとは——」
「ストラディバリウス」
ドカっとイスに座ったサロメは足を組む。背もたれに寄りかかると、首を回した。
……聞こえた単語が突飛すぎたため、四人はポカン、と数秒止まる。
「……はい?」
代表してベルが疑問符を言葉にする。ストラディ……バリ、ウス……?
「ストラディバリウス・シュライバー。あの子のヴァイオリンよ」
もう一度、つまらなそうにサロメは口にした。




