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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
176/369

176話

 目の色を取り戻しつつある少女に、ルノーから若干のアドバイス。


「よく言われるんだが、現代ピアノが『歌う』なら、フォルテピアノは『囁く』とも言われる。曲によってはフォルテピアノのほうが合うかもね」


 音量が出せないぶん、優しく奏でるフォルテピアノ。無論、ピアノでも『囁くように』弾くことは可能ではあるが、音質が違うためやはり専用の音となる。


 まだ喋り足りないサロメもワンポイント入れる。


「特にベートーヴェンのソナタは、夥しい量のピアノが指定されている。かなり表現にこだわっていた証拠ね。わかっていると思うけど——」


「優しく、甘く、撫でるように、泣くように、その他たくさん。ひとつひとつの『弱く』を大事に、意図を込めて。大丈夫。ずっとやってきたこと」


 小刻みに呼吸し、自分なりにイリナは呼吸を整える。覚悟はできた。吉と出るか凶と出るかはわからない。が、やらなければずっと大凶だ。


「ま、このあと調律するけど、違和感を感じたらまた調律してあげるからすぐに言いなさいな。ま、フォルテピアノは狂いやすいって言っても、あたしの調律でそんなすぐに狂うわけないんだけどね」


 腕に絶対の自信を持つサロメ。調律に才能は必要ない、というのが彼女の自論ではあるが、それを支えるのは調律してきた数。


 なんとかなりそう。ルノーはそんな前向きな風を受け止める。


「明日までなら大丈夫だろう。ここは自由に使っていいって許可はもらっている。それでヴァイオリンの子は——」


「すみません、遅くなり……これ、フォルテピアノ、ですか?」


 ちょうど入室してきたブランシュが、息を切らしながら目に飛び込んできた木の芸術に圧倒される。まさか。ここでお目にかかれるとは。中々、コンサートやリサイタルでも弾き手の減ってきている古楽器。心臓がより高鳴る。


 その驚いた顔が見たかった。上機嫌にサロメは肯定。


「そ。ヨハン・ゲオルグ・グレーバーの一八二〇年。マニアからしたら垂涎モノよ。明日までしか借りれなかったから、それまでにね」


「ブランシュ・カローさんだね。三区のアトリエ『ルピアノ』の社長、ルノーだ。よろしく」


 右手を差し出すルノー。しかし、こんなか細い子が、と内心では疑いの目も。


 そのまま握手で返すブランシュ。『ルピアノ』はある意味では有名なピアノの専門店だ。


「はい、よろしくお願いいたします。この度は、ありがとうございます」


「……お礼を言うのはあたしの役目なんだけどね。あたしも……ありがとうございます」


 なんとなくバツが悪そうに感謝するイリナ。まだ成功が確約されているわけではない。むしろ失敗のほうが大きい気もする。どうしても怖さがある。


 自分ができるのはここまで、とルノーは一歩下がる。あとはブランシュのヴァイオリンと、イリナのピアノ。そしてサロメの調律のみ。


「ま、頑張って」


「イリナがフォルテピアノだからね。ブランシュもなにか気合い入れないとね。ヴァイオリンに直筆サインでも入れてあげようか?」


 ニヒ、っと笑うサロメ。ここはあたしが、と息を巻く。


 だが、ヴァイオリンケースを開きながら、ブランシュは断りを入れる。


「いえ、大丈夫です。私には——」


「?」


 不思議そうに眉を上げるサロメに、ブランシュはヴァイオリンを取り出した。そして深く息を吸う。


「これがありますから」


 手にした歴史ある重み。眠りから覚める。その名は——



『ストラディバリウス』。

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