173話
まだ終わらないミルクの撹拌。そのまま飲めばよかった、と思い始めたベアトリスだが、挑発には乗らない。
「必要ない。私は花屋だ。弾く機会なんてない」
ようやく終わり、ゆっくりとスチームドミルクを注いで一度切る。その後、微細に揺らしながらフォームドミルクを注いでラテアート。今日はスワンの気分。自己満足だが手は抜かない。
イスに戻り、不満気にベルは唇を突き出す。
「絶対上手いと思うんだけどなー」
「不要だ」
譲らないベアトリスは、ラテをひと口。ロブスタ種を変えてみよう。
「はぁ……でも気になりますね。香りを音にするなんて。例えばこのセファランサスシュガーシャックの蜂蜜のような甘い香りだと、どんな曲になるのかとか。全然わかんないんですけどね」
手近にある花を一輪、シャルルは掴んだ。ほんのり香る優しい花。
蜂蜜、という部分にベルも頭を悩ませる。
「うーん、やっぱり蜂ってなると『熊蜂の飛行』かな。ベアトリスさんはどう思います?」
若干機嫌の悪かったことなど忘れて、店主に話題を振った。他に蜂の名前のついた曲、あったっけ?
ひと口、控えめの甘さを口にしたベアトリスが、嫌そうに答えを出す。
「……バッハの『マタイ受難曲』。第二三曲に蜂蜜とミルクの記述がある。今の私ならそれだ。というか、熊蜂は集団で行動しないから蜂蜜はとれないぞ」
想像してみたら蜂蜜が欲しくなってきた。ハニーカフェラテ。うん、次はそれだ。
曲どころか虫の知識でも上をいかれたベルは、頬を膨らませる。
「……やっぱり詳しいじゃないですか」
「知らんな」
やはりこいつを打ち負かすと、より美味く感じられる。ほんの少しだけ、ベアトリスは優越感に浸った。




