172話
言われてベルは反応。
「あ、そういえば」
円舞曲。ムヴマン・モデレ・ドゥ・バルス。穏やかなワルツのテンポで。柔らかな円形のほうがそれっぽいかも、と反省。最後の詰めが甘かった。
そのまま店内のエスプレッソマシンの元へ近づくベアトリス。カフェインで眠気を覚ましたい。
「ま、どうでもいいか。またお前が弾くのか?」
半開きの目のまま、慣れた手つきでマシンをセット。最近はラテアートも練習しているため、スチームの準備。ピッチャーにミルクを注ぎながら欠伸をひとつ。
「いえ、私ではないんですけど。応援に持っていこうかなと」
自分にできること。今回は弾かないので、ベルはアレンジメントを作って持っていく。意味があるかわからないし、誰が弾くのかはわからないけど。文字通り華を添えられたら。
いまいち状況が飲み込めないシャルル。手に持ったアレンジメントと両者の顔を何度も往復。
「? なにかあるんですか?」
花を持っていく、ということはなにかコンクールかリサイタル?
きっと驚くだろうな、という確信を持ってベルは内容を話す。
「うん。友達がね、香りを音にすることができるらしくて、香水が出来上がったら実際に弾いてもらってるの」
言われた時は自分はあまり驚かなかったが、説明するために口にしてみると、よくよくおかしい。
「香りを……音に?」
想定通りの驚き方をするシャルル。音楽に明るくないがわかる。そんなものは普通ない、と。
弟の感じたことも含め、まとめて疑いの眼差しを向けるベアトリス。
「信じられんな。自己申告だから根拠もない。そんなものがあるなら、さっさとテレビなりインターネットなりで売り出せばいい」
インチキと騒がれて終わりだろうがな、と厳しい感想。だが信じろというほうが無理。本人の感覚でしかない以上、調べようもない。
はっきり言うと、ベルも未だに半信半疑ではある。が、実際に香水を使用したあとの演奏を聴いてしまっているため、否定ができない。普段ですら舌を巻くレベルなのにも関わらず、さらに上に引き上げる。
「ベアトリスさんでも理解できない力ですか?」
正体不明はこの人も。指の動きだけでクラシック曲がわかるのも充分に曲芸。
ピクッと顔が引き攣るベアトリス。
「なぜ私ならわかると思った?」
コォォォォッ……というミルクをスチームする音にも若干の怒気が孕んでいるよう。
気にせずズケズケとベルは切り込む。
「いや、なんでもわかるしできるし。ピアノ弾いてるところ見せてくれませんけど」
笑顔で演奏を促す。指導してくれるのはありがたいけど、見本を見せてくれないと。




