171話
「……それ、どういうテーマですか……?」
パリ八区に位置する花屋〈ソノラ〉にて、店主の弟であるシャルル・ブーケの頭に疑問符。横を通り過ぎる際、気になってしまった。
お客様から話を聞き、合うフラワーアレンジメントを提供する『おまかせ』専門店。店内では至るところにアレンジメントが置いてあるが、売り物ではない。趣味で作ったインテリアとなっている。
広い店内中央付近、木製のテーブルセット。そこに座り、アレンジメントを作るはアルバイトのベル・グランヴァル。お店のエプロンを着用し、楽しそうに悩んでいる。
「シャルルくん。これはね……『死』をテーマにしたアレンジメントなんだけど——」
「あ……聞かなかったことにしときます」
慇懃に対応するシャルル。厄介ごとに巻き込まれるのは嫌なので、真顔で店の奥に引っ込もうとする。さて、今日の夕飯はなににしようか。
その小さく細い肩を食い止めるベル。誰か呪いたいとか、そういうのは無……うん、無い。大丈夫。
「いや、聞いて聞いて。クラシック曲は色んなテーマがあって、メジャーなものだと『愛』だとか『季節』みたいなのが多いんだけど、ダークなものだと『死』とか『絶望』みたいのもあるの。その中でも今回は、サン=サーンスの『死の舞踏』をイメージしたのね」
出来上がったアレンジメントを手渡す。頭ひとつぶん以上小さな彼に。
咄嗟に受け取ったシャルルは、作曲家も曲も知らないが、頭の中に反芻する。
「『死の舞踏』……ということはこの実とかは」
一際目立つ朱色の果実。色味を抑えた中で、アクセントとして面白い。いや、本当に面白い。
したり顔で見下ろすベルは腕を組む。
「そう。ザクロやリンゴを使って新鮮さを出しつつ、アンティークファーンやグリーンのラナンキュラスでクラシカルな感じも。ユーカリとかも使って彩りもね」
『死』からは華やかさよりも、枯れた印象が強い。万聖節の墓ではカラフルな菊がこれでもかと並ぶが、死神や骸骨には少し向かない気がした。お花を挿してる骸骨……ちょっと可愛いかも。シンプルなバスケットに入れているのは『死』というものは死神によって『運ばれる』ということを示唆している。
ザクロはギリシャ神話で『死と再生』を意味。蘇る骸骨。リンゴもなんか禁断の果実っぽいから入れてみた。
チラッと見上げつつ、シャルルは笑みを浮かべた。
「すごくいいですね。素敵だと思います!」
「ワルツなんだから、ラウンドにしたほうがいいんじゃないのか?」
仲のいい二人に水を差すように、店の奥から現れたのは店主のベアトリス。相変わらず気だるそうに歩く。軽く舌打ち。




