169話
少しの間、無言でソワソワとしつつも、決意したブランシュは明るく口火を切る。
「あの、映画のお誘いを受けまして——」
「知ってる。映画好きなんだって」
さらっとした受け答えのイリナ。顔を向けたりはせず、ソファーの肘の部分で頬杖を突く。
軽く立ち上がりかけたブランシュだったが、数秒フリーズし、ポテっと重力に任せて落ちる。
「そう……だったんですか」
気まずい。なにを喋ったらいいのか。ニコルやフォーヴの顔が浮かぶ。あの二人ならガンガンいくのだろう。自分には……無理。
そんな空気を感じ取ったイリナが、言いづらそうに囁く。
「……ごめん」
色々と。今のこと。この前のこと。その他。全部ひっくるめて。
「……えっと」
「いや、なんとなく」
返し方がわからないブランシュと、内容の告げ方がわからないイリナ。結局、また無言に戻ってしまう。時が止まる。
「……いえ、大丈夫です」
なにがどう、なのかもわからないが、とりあえずこう言うしかない。心臓の鼓動の速さ。ゆったりと進む空間との対比。無音。
「……なに? 仲悪いの?」
部屋に入ってくるなり、それを敏感に感じ取った少女。大きめのポップコーンのカップ。ひと掴み食べると、スタスタと歩き二人の真ん中へ。ドスン、と座る。
「そんなことはないです。お友達です」
「サロメ、早く再生」
なんとなく、噛み合わない二人。呼吸がズレている。そして少女の名前をそこで知るブランシュ。
「なんであたしが全部やんなきゃいけないのよ」
ほら、ほら、と二人にポップコーンを促すサロメ。お互いに小さく掴んで口に運ぶ。キャラメル味。
「手伝います。なにかありますか?」
甘さを噛み締めながらブランシュが操作を買って出る。誘われたとは言え、座って待っているだけも申し訳ない。それに、なにかしていたい。
だが、ポケットから携帯を取り出したサロメがそれを落ち着けた。
「いや、電源入れて繋げるだけだから。座ってて」
慣れた手つきでフリック。映画館ではないので、宣伝などもなくすぐ始まる。ありがたいのだが、今後の映画の予告を観るのも好きなので、少し複雑な気持ちになったりもする。
制作会社のロゴが出たあたりで、ボソッと呟くイリナ。
「……モーツァルト、勉強になると思って」
誰かに聞かれたわけでもないが、現状を打破する意味も込めて。それと、先ほどの雑な対応に対する謝罪も含まれている。
話しかけてくれて嬉しいブランシュではあるが、本編が始まるので手短に。
「映画ですよ? エンターテイメントとしてはいいのかもしれませんけど、演奏にどう繋がるかは——」
と若干否定してしまったところで、自己嫌悪に陥る。せっかくイリナさんと話せる機会だったのに自分は。




