168話
だがいくつか腑に落ちないところがあるのは、ブランシュには事実。
「どうして私を鑑賞に?」
お近づきの印、なら嬉しい。音楽について話せる人なら尚更。しかし、疑り深くなってしまう。近くに似たような怪しい人がいるせいで。
「観たいってヤツがいてね。ひとりやふたり増えてもいいかなって。同じ寮なんだし、仲良くしとこうってこと。他にもいるなら連れてきていいし」
その答えは簡単。少女には特に裏もなく、ただ観るならどう? 程度。
これくらい自分にも積極性があれば……! と参考にしつつ、ブランシュはそれを受け入れる。
「……お願いします。もし、なにかヒントがあるのなら」
その言葉に少女はニヤリ、と口角を上げる。
「決まり。シアタールームに先に行っといて。すぐ行く」
とだけ残し、少女は退出。洗濯機だけが音を立てて役目を果たしている。
寮にはリラクゼーションとして、シアタールームが設置されている。とは言っても当然映画館のような立派な設備は、当初は存在しなかった。小さな部屋にスクリーンとプロジェクターがある程度。座席数も大きめのソファーが置かれているだけ。
だがブリコラージュと呼ばれるフランスの日曜大工は、賃貸でも壁を壊すほど本格的。女子寮でも改良を重ねた結果、壁の面ギリギリ、大きさの一六〇インチのスクリーン。音響を透過するタイプのもので、スクリーンから映画館でも使われているJBLのプロフェッショナルを使用。フロント・センター・ウーファーはスクリーン裏に設置。
サラウンドとバックスピーカーは壁に掛けて、トップスピーカーとプロジェクターは宙吊りに。壁には遮音層も作り、防音にも優れたグラスウールを充填することによりさらに一段上のシアターへ。ホームオートメーションにより、簡単に映画などが観ることができるようになった。
という本格的な仕様なのだが、映画を観るような友人がいなかったブランシュにとっては無縁。初めてのレイトショー。二重になったドアを開けると、スクリーンの明かりのみで薄暗いシアタールーム。入った瞬間に「わっ……」と感嘆した。
するとすでにひとり、先ほど言っていた人物がいる模様。ソファーの左端に座って上映開始を待っている。
「あの……失礼します……」
その背中に向けてブランシュは小さく挨拶。防音もあるのだから大きく言えばいいのだが、なんとなく映画館のような雰囲気なので、控えめに邪魔にならないように。
しかし、その人物が驚いたように振り向いた。
「ブランシュ……なんで……!」
「……イリナさん……!」
ピタリ、と止まるブランシュの足。ケンカなどをしたわけではないが、最近会っていなかった。一瞬、そのまま回って部屋から出ようかと考えたが、それだとなんとなく感じが悪くなってしまう。ゆっくりと歩を進めることにした。左端に座るイリナに対して、気まずい雰囲気を感じ、ブランシュは右端。




