165話
「あん? なんで電気消えてんの?」
「——あ」
ランドリールームの入り口から人の声が聞こえてきて、咄嗟にブランシュは小さくハッとした。しまった、考え事のために、他の人の都合を考えていなかった。もうすでに時間は二三時をまわっている。みな、寝静まったりしているものだとばかり。人が来るとは。
「ご、ごめんなさい。今点けます!」
スイッチは入り口のところの壁にある。どう考えても声の主のほうが近いだろうが、消したのは自分。点けなければ、とブランシュは目の慣れた暗闇を慌てて向かう。
「いや、いいから」
短く制した声の主は、先に横のスイッチを入れた。一気に部屋の明度が増す。
「——」
目を細め、明るさを限定するブランシュ。手で覆いながらも、声をかけた。
「すみません、色々考え事して……て?」
目の前には同じ年くらいの少女。パジャマのようなゆったりとした濃紺の部屋着。ということは当然、寮に住んでいるのだろう。大きく目を開いて、驚いたように凝視されている。
「……あの?」
と再度、窺うように覗き込む。
すると、その少女はなにかを確かめるように、ブランシュの頭や肩に触れる。
「……あんたさ、前にどこかで会ってない?」
どこか不満そうに。当てが外れたような。
突然のことに動揺するブランシュだが、落ち着いて物事を整理してみる。
「え? えぇ、まぁ同じ寮ですし、それはどこかでは……会ってると思いますけど……」
気づいていないだけで、ないこともない。学園内か、寮内か、はたまたパリの街中なのか。そう言われてみれば、とそんな気が自身にもしてきた。
渋面がどんどんと深刻になっていく少女。が、ピークがきたところで一気に脱力して息を吐く。
「……勘違いだったか……」
嬉しいような悲しいような。そんな台詞。となると『もうひとり』のほうか? いや、違う。たしかにこの子だと思った。
なにかを期待されていたようだが、そして勝手に落胆されてしまったブランシュは狼狽するのみ。
「え? え?」
「いや、こっちの話」
少女はズラリと並んだ洗濯機の中に、カゴに入れた洗濯物とカルゴンを放り込む。カルゴンは硬水を軟水にするタブレット。カルキがパイプに詰まってしまうため、それを解決するためにはヨーロッパでは必須。洗剤と柔軟剤も投入し、お湯の温度も四〇度に設定。これでよし。
ひと息ついた少女は、壁に沿ったイスに座り、横のイスをポンポンと叩く。
「座れば? なんか考えごとなんでしょ? なに?」
誰でも使える共用の場所。ここで会ったのもなにかの縁、と聞く姿勢に入った。




