164話
これは『雨の歌』の時にも感じたことだ。そう、ブランシュは回想した。優しくも激しい、心が浄化されるような。あのブラームスの『雨の歌』。
「……足りない……」
しかし今回はサン=サーンス作曲『死の舞踏』。呼吸さえ忘れるほどに重い。ランドリールームの壁に沿ったイスに座り、香りを思い浮かべてみる。自室とは趣向を変えてみれば、という願いも虚しく、今のところ成果はない。誰もいないので灯りを切ってみる。暗闇ならもしかして……というアイディアも空振りに終わった。
「……骸骨のワルツ。死神のヴァイオリン」
おどろおどろしいものばかり。どちらかというと苦手だ。『雨の歌』のような清らかさや『新世界より』のような疾走感とはまるで違う趣向。弾き終わったあとも爽快感よりも、じっとりとまとわりつくような骸骨達の吐息。だがそれでも。
「美しい……曲です」
人が恐怖を感じる脳の神経系と、快感を得る神経系は同じである、という研究結果が出ている。小脳扁桃という部分が様々な感情を処理してくれている。だからこそホラー映画がヒットを飛ばし、惹きつける。
それと同時に、脳は「これは映画だ」と明確に区別することもできている。前頭葉皮質という部位がそうさせるそうだ。そうでなければ、常にゾンビや殺人犯などがいる恐怖に怯え続けるとのこと。これらを組み合わせ『自身にリスクのない恐怖はただの快感』として刻み込まれていく。
骸骨達のワルツ。だがそれは現実では起こり得ない。ゆえに美しさを感じてしまう。
「……もうひとつ、なにか破壊的で危険な要素があれば……」
香水の大部分はいつもすぐ埋まる。ダヴィンチ曰く『創造しようとするならば、直感に従うこと』。だからこそ、疑うことなく八割以上は変更しない。そして、その香水を身につけて再度演奏。創造。それを何度か繰り返すと、ほぼ完成する。
だがそれは『ほぼ』でしかない。妥協をするのならば問題はない。充分に及第点を自身で与えられる出来ではある。それでも最後のひと押し。なにか引っかかる。ヴィズのピアノの音。それに合わさる自分の音。イメージ。
「……」
イメージ。ハロウィンの夜。骸骨。ワルツ。
「……ダメです。まるで顔のない骸骨が踊っているような……」
『雨の歌』の時にも感じた、曖昧な輪郭。むしろ頭部のない骸骨。それはそれでいいのでは……? と諦めそうになるが、それだとやはり胸がムカムカしてきそうで、自分が許せない。
「なにかが足りない、なにかが——」




