16話
「そうやって新しい香水作りをインスパイアした後の、その一一本目、売られることのない、そいつを私にくれるんだとさ。いや、普通に普通のくれって」
ディッシャーでバニラアイスをひと掬い取り、コンコンと小皿に落としながらもニコルは文句を言う。
その行動に文句を言いたいブランシュだが、それよりも発言のほうが気になる。
「……そんなことが、実際にあるのですか……?」
いや、ありえない話ではない。家族想いの国民性だ。しかしこれではまるで、一一本目を作るために一○本があるかのような、そんな違和感をブランシュは感じた。いや、そんなことはない。一○本全てが彼なら素晴らしいものになるはずだ。それに、香りに優劣などない。
「そんなこと私に言ってもしょうがないじゃなーい。こっちだってもっと普通にもらいたかったっての」
半分怒りながらもアイスを食べる手は止めない。
「でも、わざわざ付き合う必要もないじゃないですか。面倒だから嫌だと言えばよかったのでは」
と、矢継ぎ早に会話を進めると、一瞬、触れられたくないところに触れられたような表情をニコルは見せる。
「……色々あんのよ。色々と」
アイスを食べる手を止めてニコルは考え込む。
(まだ……なにかを隠している……そもそも本当に香水が欲しいのでしょうか。それすらもわかりません……)
腑に落ちないことだらけだが、なかでも一番気になることをぶつけてみる。むしろ最初に聞くべきだった。アトマイザーを握りしめ、声を絞り出す。
「……それで、なぜ私に声をかけて、なにをさせようとしているのですか……?」
それを聞いた瞬間、ゆっくりとニコルの顔が満面の笑みに変わる。
コロコロと表情がよく変化する人だ、とブランシュは一層疑惑を深めた。犯罪者は笑顔でフレンドリーに接してくると、なにかに書いてあったことを思い出した。
「お、やる気になってくれた? やっとだねぇ。簡単だよ、クラシックがわかって香水も好き。じゃあ、私の代わりに作っちゃいなよ」
「……え……?」
耳を疑った。私が、ギャスパー氏のために、調香を、する? 誰が? 私が? どうして? 目線が泳ぐ。
「大好きなギャスパー・タルマが参考にしてくれるっていうんだよ? これ、すごい名誉なことじゃない?」
私は楽できる、じいさんは参考にできる、ブランシュはじいさんのために調香できる、一石三鳥だ、とニコルは世紀の大発明でもしたかのような語勢でまくしたてる。自ら拍手をし、ブランシュにハイタッチを求めてくる。かと思いきや、また冷凍庫を開ける。
ハイタッチ未遂のまま、両手を上げて固まったブランシュは、今日何度目かの会話の整理。えーと、つまりつまり、ギャスパー氏は私を参考に新作を作るということ? ないない! そんな引き出し、私にはない! 私の趣味の調香など、ギャスパー氏ならすでに二○年以上前に通過している。
続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。




