表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
154/369

154話

「たしかに。ワルツは基本は舞曲だから、明るく弾むような曲が多いけど、秋の夕暮れの寂しさは心に染み入るわ」


 日が沈む光景がヴィズの目に浮かぶ。楽しく外遊びしていた時間が終わるように。確実にくる夜の気配。


「それで、怪しさを表現するなら」


 さらにカルメンは次なる情景へ。ハチャトゥリアン作曲『仮面舞踏会』。絢爛な雰囲気に見え隠れした、影のある緊張感。魅惑で蠱惑。離れたいのに離れられない。迫力のある音に紛れた暗躍する思惑。オーケストラではなくピアノ独奏にも関わらず、映像が脳裏に飛び込んでくる。


「もういいわ。はい、あなたが一番よ。金賞」


 実際、ヴィズにはお手上げ。独自の世界観を持つ彼女のピアノは、聴いていて楽しい。次になにが飛び出すかわからない。


 次のワルツを弾こうとしていたところを止められたカルメン。弾き足りない、踊り足りない。指先だけクルクルとまわる。


「で、なんでワルツ?」


 突然思いつくようなものではないはず。なにかしら理由が。と、いうところで「もしや」と思いついた。


 小さく頷いたヴィズ。


「次のブランシュの曲。サン=サーンス『死の舞踏』。誰が弾くのかって気になって」


「なるほど、やっぱり。だからワルツ。ならもう答えは出てる」


 大きく頬を膨らませるカルメン。次のワルツに手を伸ばす。溜まった欲求をここで吐き出そう。


 その集中力と貪欲さ。ヴィズの中でも結論となる。


「はいはい。今回もあなたが——」


「イリナしかいない。その曲はあいつのもの」


 ギロック作曲『ウィンナーワルツ』。カルメンの奏でる、簡素ではありつつも優しく温かい音色が発言を遮る。


 飛び出した名前に目を見開くヴィズ。


「……え? イリナ?」


 心臓が大きく跳ね、じんわりと緊張が生まれた。


 手を、指を止めずに続けるカルメン。強い意志で推薦する。


「他のワルツなら私が。シューベルトでもリストでもワルトトイフェルでも。だけど、その曲はイリナが一番いい」


 ふと、彼女を意識してか、ピアニッシモをより繊細に。いや、あいつならもっと。


 一度、逸る気持ちをヴィズは抑える。目を瞑り、深呼吸。


「……あなた知らないの? 今、イリナは——」


「知ってる。調子を崩している。酷いピアノ。幼稚園からやり直せって言いたい」


 少しだけ、カルメンの演奏が荒れる。テンポが上昇気味。苦虫を噛み潰したような顔。


「……いや、なにもそこまで」


 さすがにそれは言い過ぎだろう、と止めに入るヴィズだが、五人の中では一番一緒にいる期間が長い二人。他ではわからない葛藤のようなものがあるはず。あえてここは触れないほうがいい。


 穏やかさを取り戻しつつ、曲を弾き終えたカルメンは、静かにイスから立ち上がる。


「でも、あいつが今を乗り越えた時、きっとすごいことになってることも知ってる。だから、この曲は私じゃない」


 真っ直ぐ、眠そうだった目がヴィズを貫く。一点の曇りもなく、信じ切っている。自分以上の『死の舞踏』を奏でられるヤツが身近にいると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ