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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
153/369

153話

 それ以外にも、ピアノ専攻にはサン=サーンスを得意とする者もいる。ならばお願いして弾いてもらうのもアリだろう。選択肢は豊富だ。それに、ブランシュからしたら誰が弾きやすいのだろうか。案外、悩ましい自分の演奏が、逆に死の曖昧さを表現してる、とか捉えてくれるのだろうか。個々の好みだからなんとも。自分には弾けるものを弾くだけ。


「弾かないならどいて」


 ふと、背後からの声。感情の薄さがわかる抑揚のなさ。


 思案に耽っていたヴィズは、すぐ近くまで接近していた少女に気づかなかった。こんな静寂が支配する場所で。足音にも。


「どいて」


 もう一度催促する少女。特に弾きたい、という曲が今あるわけではないが、内側から溢れるむず痒さは、弾かねば収まらない気がして。


 軽く笑みを浮かべながら、ヴィズは問いかける。


「カルメンならワルツはどう弾く?」


 ようやく振り向き、席を譲る。


 常に眠そうな目つきと、舌足らずな喋り方。友人でもある同じピアノ専攻のカルメン・テシエがそこに。


「ワルツ?」


 しょうがないのでインスピレーションで弾こうとしていたのはソナタ。構えたところでカルメンは止まる。リクエストもらっちゃった? オーストリア発の三拍子舞曲。様々な作曲家によって彩られた楽曲群。ショパンもチャイコフスキーもラヴェルも残している。


「そんなに譜読み得意じゃないから。よりステップを強調するように。バラードよりかはクルクル回転する感じ」


 試しにひとつ、指を走らせる。デュラン作曲『ワルツ 第一番』。華やかさと軽やかさ、それでいて流麗。力強さが持ち味のカルメンだが、そのフォルテッシモがあるからこそ、ピアニッシモがより繊細さを増す。作曲家の意図よりも、自分なり解釈を押し通す。そんな聴き心地のいいワルツ。


 目を瞑り、しっかりと味わうヴィズ。自然と体が揺れる。デュランがどう考えて作曲したのかは伝わらないけど、これはもうカルメンの『ワルツ 第一番』になっている。


「私には弾けない。もし私なら、もう少しゆったりとした、社交界のような映像が思い浮かぶけれど、あなたのは連れてこられた子供達が楽しげに踊るような。踊ると言うよりハジける、というほうが正しいかしら」


 この子はいわゆるグレン・グールドと同じカテゴライズ。自由にやりたいことをやりたいように。コンクールよりもリサイタルやコンサート向きのピアノ。


 だがワルツには色々な顔がある。それをカルメンは証明する。


「これは楽しい踊り。寂しさを表現するときはこっち」


 突如、曲を変更。アーチボルト・ジョイス作曲『秋の夢』。ワルツ王、とまで呼ばれた彼の作品の中でも特に人気のある曲。あまりピアノ独奏で弾かれることはないが、まるで落ち葉の絨毯を踏みしめながら、舞い散る枯葉色を楽しむ情緒のあるワルツ。強弱自在に。だがそれでいて、どこか複雑な心情を表現するかのよう。

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