149話
「いやー、焦った焦った。逆にハマりそうだわ、このスリル」
「……もう二度とやりません」
息を切らしてニコルとブランシュは階段を駆け上がり、たどり着いたのはメトロの入り口。
結局、あのあと騒ぎが大きくなりすぎたため、交通局員が確認に来たところで散開。人の群れを掻き分けつつ、聴衆達の手助けもあり、なんとか外へ逃げることはできた。サンドリーヌ達からは「またここらへんで!」と再会を誓ってドタバタと別れた。逃げ切れただろうか。
「なんでよ。少し儲かったんだからいいじゃん。いやー、しかしやり慣れてるヤツらは早いね。気づいたらもう楽器担いでるんだもん」
ただただニコルは感心。流れるようなチームワークで遥か彼方へ。その際に適当に分け前をいただいた。ディナー代くらいは余裕である。
逆にブランシュは浮かない顔。俯き、整えた息でひとつの可能性を上げる。
「……逆効果だったかもしれませんよ」
「ん? なんの話?」
混雑する、ピンコロ石の敷かれたパリの道を歩きながら、お金を数えるニコル。六割は自分の分け前。
ブランシュは「はぁ……」と長いため息。
「イリナさんですよ。いたの気づいてましたよ」
聴衆で混雑する前にまわりを見渡した時、少し離れたところから不自然にバンドを見つめる視線。私服でフードを深く被ってはいたが、自身は警戒していたのですぐにわかった。
だが、あくまで偶然を装うニコル。
「えぇー? 本当に? 夕飯でも買いに来たのかな?」
それより新作のショコラとか買いたい。お菓子。
「白々しい……」
眉根を寄せて弱々しく睨むブランシュは、顔を背けて一歩先を歩く。どこまでが予定通りで、どこからがぶっつけだったのか。
「で、外で弾いてみてどうだった? やっぱりホールがいい?」
その背中に語りかけるニコル。
うまいこと手のひらで転がされていることは、ブランシュにもわかる。悔しいけど楽しい。
「……まぁ、たまには外も。ですが、今回のようなことはなしです。毎度逃げたくないです」
それも本音。
「はいはい。フィドルってのもなかなかいいもんなんじゃない? いつもと違って」
ヴァイオリンとたしかに違う、同じ楽器。踊れるし、ニコルは好き。クラシックもいいけど、それぞれいいところがある。
「そう、ですね。タイタニックの気分を味わえたのは、貴重かもしれません……逃げるところまで含めて」
再度、ジトっとした目つきになるブランシュ。だが、すぐに笑みを浮かべた。ローズの気分。




