表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
145/369

145話

 あの少女。普通科で、音楽の教育など受けたことのないブランシュ・カロー。楽器が違うとはいえ、飛び抜けたものがあることはすぐにわかった。その彼女が目的のためにピアニストを欲していること。最初は半信半疑だったが、香りを音にするという能力に衝撃を受け、そして『新世界より』の演奏が終わった時、絶望と同時に思いついた。


 五人の中で、自分が選ばれれば、きっと自信が戻ってくる。


 すでにカルメンとベルは選ばれた。だが、別にひとり一回と決まったわけじゃない。チャンスは残り八回。このままだと全てベルに奪われる。だが、幸いにも調律次第というピーキーな腕が……幸い? 友人が力を出せないことが? 自分が高みに上るのではなく、他人が落ちれば上に行ける? 汚い汚い汚い汚い——


「……選ばれるってなんだよ……」


 自身の一番の武器はピアニッシモ。ビブラートじゃない。ビブラートなんて、ポリーニだってツィマーマンだってやっていない。それさえできれば、彼らに並ぶことができる? そんな甘い話ではない。でも、しょうがないじゃないか。ひとつでも武器が多くないと戦えないんだから。


 楽しそうな音楽。膨れ上がっていく聴衆。ユーロ札や硬貨を掴んで、支払おうとしている人もまだまだたくさん。映画のジャックとローズのように、タップダンスのように踊る人も。だが、自身は全く体が動かない。まるで対岸の火事を見ているかのように、目を細めてただ振動する空気を感じるだけ。


 泣くこともできない。カラカラに渇いた干物のように、絞り出せるものがない。悔しさが薄れてくる。今、お腹は空いている? 喉は渇いている? どこか痛いところは? 体のこともわからない。なんかもう、どうでもよくなる。自業自得とはいえ、あっけない終わり方だ。


 次にどんな趣味を見つけようか。ゲームとか、スポーツとか。今更始めたところでまた中途半端終わるのだろう。わかっている。今更? なら何歳から始めるのがよかった? 今、三曲目か。『ブラーニー・ピルグリム』。どうでもいい。



 そんな時だった。



「いい曲だ。映画は観た?」


 唐突に、見知らぬ中年男性に話しかけられたイリナだが、一瞥し、興味なさそうに視線を音源のほうに戻す。


「……別に」


 観たけど話を膨らませたくない。最後は沈んで終わる。あたしはローズではなくジャック。


 キャリーケースを転がしている男性は、気にせず話を続ける。


「タイタニックには実際、八人の音楽家が乗っていて、劇中でも沈みゆく船の中で仲間に『今夜、諸君らと演奏できたことを光栄に思う』と発したバンドのマスター、ウォレス・ハートリー。彼は婚約者にプロポーズしたばっかりだった」


「……知らないって」


 八人もいたっけ? 少し思い返してみたが、曖昧にしか脳裏にないイリナ。そしてあの男性はそんな名前だったのか。しっかりと会話が完成してしまっているが、感情は揺れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ