142話
ゆっくりと賑わうコンコースを見回したブランシュが、精神を集中しつつ小さく呟く。
「……それよりも、気づいていますからね」
それはニコルにだけ聞こえる音量。顎に右手人差し指を当てつつ、目だけ天井を見上げた。
「ん? なにが?」
「ひとりごとです」
これもおそらくフォーヴの入れ知恵。ヴァイオリンとフィドルの最大の違い。きっと『彼女』に伝えたいことをこんな遠回りなやり方で、と全てを悟ったブランシュには、少々むず痒い。すでにたくさん浴びている視線の中に、ひとつ、フードを被って目線を隠しているが、その『彼女』のため。きっと、唐突に下手な芝居を打ったのもそれだろう。
「で、さっきの曲ってどんなの? なんとかポルカっての」
上手く事が運んでいるニコルには、あとは演奏が成功することを祈るのみ。見たことのない楽器を使用しているが、どんなものになるのか、曲もなんなのか予想できない。
自然と笑みが込み上げてくるブランシュ。この曲がかかっているシーンを思い出してしまった。
「たぶん、聴いたことあるんじゃないかと思います。アイリッシュでは一番有名な曲と言ってもいいかもしれません」
楽しく弾くこと。それ以外には、この曲には雑念になる。初めて合わせるメンバー。音をよく聴いて。
「じゃ、いくよ。よろしくね」
そのセカンドを担当するサンドリーヌの掛け声。本来ならボドランなどでリズムを取ってから入りたいところ。全員で息を合わせ、フィドルの音から始まる。
ジョン・ライアンズ・ポルカ。映画『タイタニック』の劇中にて演奏されたことで、一般でも幅広く認知されたアイリッシュ・トラッド。三等客室でジャックとローズが踊り明かす際に演奏されるこの曲は、実際に舞踏会でよく演奏されたほど。
ポルカとは、チェコで発生した民族舞曲であるが、最大の特徴はその速いテンポ。二拍子もしくは三拍子のダンスステップで、どんどんとテンポは上昇し続ける。ダンスのために生まれたとも言われており、楽しさを全面に打ち出した舞曲である。
多少のミス、乱れなどは気にしない。気にしないというよりも、それが味となる。奏者の奏でる音、聴いている者の手拍子やステップ、笑い声。その場にいる全てで作り上げる楽曲。
(はは。すごいね、このお嬢ちゃん。まるでレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのダンスが見えるかのようだ)
ブズーキの奏者であるティロは、飛び入り少女の技術に心が躍った。もうひとりの少女の反応からして、おそらくクラシック出身だろう。だが、同じ楽器で違う演奏をするはずなのに、それがわかっている音。ならば、その違いとは?




