139話
それで引き下がらず、ニコルは手を変え品を変え可能性を探っていく。ここまできたらもうヤケ。
「ひとりでやるからバレるんじゃない? 他に許可証持っている人達に紛れば、めんどくさくなって全員ぶん確認されないっしょ」
「ダメです。三〇〇人しか許されていない狭き門なんです。毎年二千人以上の応募があるんですから」
かなり倍率の高い選抜。プロに近い実力者もいれば、素人以下もいる。合格の基準はよくわからないのも特徴だ。ブランシュは応募する予定は今後もない。
「ケチー。とりあえず外にご飯行こうか」
そう不貞腐れつつも、ヴァイオリンケースを持ったニコルは先にドアから出ていく。強行手段。いつの間にか手元にヴァイオリンがあったテイで。そうしないと予定が崩れてしまう。
それをしっかりと目撃したブランシュは、結局さっきまでの問答はなんだったんだろう、と頭を抱え込んだ。
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夕方以降から朝方にかけては、肌を突き刺すような寒さがパリを包む。五月に入るまではマフラーも必須になるほどに、パリは寒い。厚手のコートを着込んだ二人は、足早にメトロまで向かう。寒さを凌げる場所へ。一刻も早く。
駅に着くと、幅の広い下りの階段を降りていく。すでに他に演奏している集団もいるらしく、階段下からは騒々しい音がしてきていた。
「いいねぇ、メトロって感じだねぇ」
このありふれた風景を楽しみにしている市民も多い。パリの文化のひとつ。それにはニコルも同調する。
パリのメトロは、なんとなく似ている雰囲気がある。天井が低く、電気も薄暗い。そして壁には真っ白なタイルが貼られているところが大半。これは掃除が楽、という点で統一された過去がある。さらに、ドーム状になった天井まで真っ白にすることで、少ない光量でも可能な限りの明るさを実現しようとした。メトロタイルと呼ばれるものである。
体を揺らして軽やかに歩くニコルとは対照的に、体を縮こませてブランシュは自信なく歩を進める。
「私は……ひとりだと少し怖いです。車体にも落書きされていたりして……」
メトロは便利でパリでは不可欠なものだが、ダークな面もある。スリなども多数おり、カバンに集中していないと、気づいたら財布がない、ということも。前回は四人という大所帯だったが、今は妹のみ。キョロキョロと目線を配る。
「堂々としてたら平気だって。そんな簡単に出会わないよ」
初めてブランシュと出会った時に強盗まがいのことをした人物が、なにか言っている。そのことはすでに頭から消え去っていた。
冷ややかに目を凝らすブランシュ。そして連絡通路の先から、また違う音楽が聴こえてきた。聴き慣れた音。




