138話
しかし、強引さはニコルの真骨頂。そんなこともあろうかと、案は用意している。
「あるじゃん、屋内で弾けるところ。さー、夕食ついでに運動しよう」
たしかにホールで聴くブランシュのヴァイオリンは好き。だが、それ以上に外でのびのびと弾く彼女を見ているのが好き。気分転換が必要なのは我々も。
……なにか裏がある。感覚でブランシュにはわかる。
「……嫌な予感しかしませんけど」
ジトっとした目で凝視する。たしかに、多少は温度の変化を抑えつつ、演奏している人が多数いる場所はある。そして、少し前にそこでやった過去がある。そこを指しているのであろう。
お互いに意思疎通し合い、その情景を思い浮かべると、メリットをニコルが提示する。
「メトロの駅構内。お金ももらえる。開放的でストレスフリー。いいことしかない」
弾くのは自分じゃないけど。まぁ、そういう日があってもいいじゃない。
だが、今日は頑なに拒否するブランシュ。
「……やっぱりこうなりますか。やりません。そもそもなのですが、これは許可が必要なんです」
というのも、パリのメトロでは、駅構内や車両内で音楽を演奏する者、歌う者、人形劇などを行う者が多数いる。そうした大道芸人達は趣味として、もしくは小遣い稼ぎ程度にチップをもらうのだが、一時期あまりにも増えすぎたためオーディション制となった。その後は無許可で行うことは禁止されている。
もちろんニコルもそれは知っている。だが、例外を思い出す。
「前にフォーヴと勝手にやってたじゃん」
かつてフォーヴがベルギーから旅行で来た時に、映画『ポン・ヌフの恋人』のワンシーンを真似て、演奏をしたことがある。その時、ついでにブランシュも演奏していた。
「あれは……! フォーヴさんがやりたいというので……言わないでおきました……」
そこを突かれるとブランシュには痛い。先んじてやったのはたしかに自分。楽しそうにしているフォーヴを見ていたら、言い出すことができなかった。映画に憧れて来ていたのもある。
これらの事実をひとまとめにしたニコルの見解。
「つまりはバレたら逃げればいいってこと」
なんでそうなるのかは不明だが、実際に許可制になった後も、無許可で演奏して捕まる者は後を絶たない。もはやここまでくると、稼ぎたいという者達はほぼ皆無で、その雰囲気を楽しみたい芸術の都パリの魔力。
「いいわけありません。禁止です」
ツーン、と感情を消すブランシュの否定。許可証は見せるようにしておかなければならないため、すぐにバレる。学校では物静かなキャラで通っている自分が、唐突に捕まったらなんというあだ名がつくのだろうか。




