136話
ジグジグ
ジグジグ
骸骨達は跳ねて踊り
その骨がカチカチと音を鳴らす
†
「これも違う気がします……」
練習を終えたブランシュが、自室にて香水のアトマイザーに取り囲まれる。自分で出したものとはいえ、落ち着いて観察してみると、三五平米の余裕のあるはずの部屋の床には、ボウリングのピンのようにアトマイザーが多数。感覚が鈍っている、というより精神的にやる気不足のような。
そこにドアがガチャリと開く音がすると、キッチンを通り抜けたニコルが、足元の瓶の群れに立ち止まりつつ、事態を予測。
「おっ。もう『死の舞踏』の香水作り? 決まったの?」
今回は早く終わるかもね、と上機嫌。毎度毎度なにかしらのトラブルなりなんなりがあるが、この調子を続けてほしい。本来は自分の仕事ではあるが、そこは目を瞑る。
細めた目で訝しむブランシュ。口元も歪む。
「違います。『糸を紡ぐグレートヒェン』の香水です。とは言っても、ヴァイオリンではなくピアノですが……」
しゃがみ込んだままプイっとそっぽを向く。友人が落ち込んでいるのに、なんて能天気な。
首を傾げたニコルは、脳を空っぽにして聞き返す。
「なんで?」
「イリナさん、きっと落ち込んでいるはずです。なので友人として、できることを考えていたんです。なら私にできることは、香水しかないと。友人として」
もう、友人と言っても問題ない、とブランシュは確信している。香りは悩みを癒してくれるはず。少なくとも自分は。
やっと理解が追いついたニコルは、大きく左右に両手を振った。
「やめやめ。ほっときなって。上手く弾くより、これから先に長く弾くこと。キュッヒルも言っていたでしょ? 『同じ曲を千回弾いても千回、新しい発見がある』って。毎回同じように弾くのは音楽家ではないと。変化を感じているということは、成長しているってこと。長く弾くことを考えればいいだけなんだから」
ふふん、と自慢げ。得た情報はすぐに使いたいタイプ。姉の驚く顔が目に浮かぶ。
だがむしろ、より眉を寄せるブランシュは疑り深い。黒幕がいる。
「……誰から教わったんですか? それに話が若干噛み合ってませんけど」
「いや?」
戯けるニコルはしらばっくれる。自分自分。自分の考えと言葉だって。そんな怪しむなって。
鋭く、気になったワードをブランシュは拾い上げる。知っているはずのない名前。
「キュッヒル知りませんよね? 彼は一九七一年にどこのコンマスになりました?」
これで炙り出せるはず。世界的なヴィルトゥオーゾだ。名言を知っていて、所属していた管弦楽団を知らないわけがない。こちらも超がつくほどに有名。
「……」
天井を見つめて呼吸。まさかそんな返しがくるとは思わなかったニコル。フーフー言いながら目を見開き、答えを出す。
「……アメリカ?」
とりあえず大きめなところ。そこから埋めていくのは常識。可能性としては一番高い。はず。




