128話
それを外から見ているだけのニコルは、ひそひそとブランシュに耳打ち。
「……なぁ、どうなんのこれ?」
予想だにしなかった展開に、思考が停止する。みんなで力を合わせて、という雰囲気では到底ない。そもそもなにが悪くて、なにが原因なのかすら理解していない。
それはブランシュにも同じ。こういう時、自分ならどうしてほしいか。
「……わかりません。ですが、少しそっとしておきましょう」
時間が解決する時もある。少なくとも、自分にはなにかできることはない。見られたくないときだって。舞台に上がろうか、それすらも悩む。シン、と静まり返る空気が痛い。
だが、友人としての長い時間を有している。ヴィズは気にせず、今日来た目的を達成しようとする。
「というわけで、次は私達の番。はい、どいて」
真横に立ち、俯くイリナに圧力をかける。見下ろし、その視線が背中に鋭利に刺さった。
それでも最後まであがくイリナ。イスは譲りたくない。ここで譲ったら、惨めな自分を認めなくてはならなくなる。
「……いやだ。あたしがブランシュの三曲目を弾く……」
頑なに動こうとしない姿を見て、ヴィズはため息をひとつ。
「今のあなたでは役不足。カルメンとベルが終わったなら、次はブリジットか私でも問題ないはず」
そもそも、そんな誰がどの曲なんて決めていない上に、ブランシュはなにも言っていない。勝手にこちらだけで盛り上がっているだけ。
「あの……そんな深く考えられても……」
当の本人も、手伝ってもらえるのはありがたいが、申し訳ない気持ちのほうが強くなる。カッチリとした決まりなどなく、流れでそうなっているだけではあるが、自分のせいでは……と冷や汗が流れる。
だが、そんな浅い考えはヴィズの前では断ち切られる。
「ブランシュ。楽しくやるのと気楽にやるのは別よ。本気でやるから面白い」
その凄みに、舞台の上と下で距離があるはずなのに、ブランシュにはまるで眼前で言われたような衝撃がくる。
「は、はい……」
視線を戻したヴィズは、まるで連弾をする時のように、イスに半分座る。譲ってくれないようなので、強引にいくことにした。
冷ややかなイリナの眼光。
「……なんだよ」
「……シューベルトのことはあまり詳しくやっていないんだけど……」
そのひと言の終わりと同時に、ピアノが走り出す。調律が悪いわけではない。むしろ最高。シューベルトの繊細な心情を表現することにおいて、全て応えてくれるほどの吸い付きと響き。
「……!」
甘く、苦く、優しく、柔らかく、重く、清く……様々な感情が溢れてくる『ピアノソナタ 第二一番』。より、深い表現を可能にするビブラート。は、当然ない。だがまるで心が震えるような。イリナの心もビブラートするような。




