125話
自分のせいになりそうな予感をブランシュはキャッチしたため、止めに入る。
「勝手に付け足さないでください。でも——」
……ヴィズの言う通り。あれは、イリナの音ではない。心にしまい込む。
なにやらトゲトゲした空気に、音楽のことはさっぱりだが、敏感に反応するニコル。
「はい、ストップストップ。なんかよくわかんないけど雰囲気悪いね」
自身が入る事で興を削ぐ。上がりかけていたボルテージを下げる、緩衝材のように立ち回った。
その行為に、まだあまり親しくはないイリナは眉を顰める。
「あんた、クラシックは詳しくないって言ってなかった?」
たしかマネージャーとかなんとか。楽器はなにもできず、知識もない。ブランシュの妹、にしては似てないけど。能天気に見え、モヤっとした雲が胸につっかえる。
全くその通りなので、否定する要素のないニコルは潔い。
「詳しくないよ。作曲家がなんであんなに髪を巻いてるのかも知らないし。ただ、ひとつわかることがある」
ただ、ほんのちょっとだけ毒を垂らす。
思わせぶりな態度に、イリナの目線はさらに鋭くなる。
「なに? どんなの?」
「ブランシュはイリナにピアノを頼まない。確定だね」
全く状況は読めていないが、ニコルには自信あり。たぶん。いや、マジでたぶん。確定って言わんほうがよかったかも。
目を血走らせたイリナが詰め寄る。
「は!? なんで!? 今、いいって言ったじゃんッ!」
無表情で明後日の方向を見上げるニコルの両肩を掴む。そして揺らす。
「私に腕前のことなんか言われても。ただ、ブランシュがそう言ったらそうなんじゃない? 本人に聞いてみたら?」
とぼけたように受け流すニコルは、標的を再度変更させる。その視線の先には唇を噛むブランシュ。
「なん……で」
「とりあえず『ピアノソナタ 第二一番』、弾いてみたら? 自分でもわかるでしょう、きっと」
わなわなと震えるイリナに、原因を悟らせようとするヴィズ。美しい転調を伴う『ピアノソナタ 第二一番』。それに理由が詰まっていると。
「だからなん——」
「弾けないの?」
「ッ!!」
ヴィズに蔑まれたと捉え、感情を剥き出しにピアノに向かうイリナ。シューベルトが亡くなる二ヶ月前に作曲した曲。儚く、それでいて燃え尽きるように。美しさの極致にある、と表現する人もいる最後のピアノソナタ。
「あんな状態で弾けるものなの?」
まず間違いなく力が無駄に入っていることは、ただ流されるだけのニコルにもわかる。そんな時は姉に聞く。これ、人類の知恵。




