124話
だが、その迫真の演奏を見つめるヴィズの目は冷ややか。
「……狙ってやっているならすごいけど、あの子がこんな音を出すなんて。さて、どっちかしらね」
どっちか。狙ってやっているならば、彼女以上にこの曲に心を込めて弾ける人物は、この学園にはいないだろう。だがもし。狙っていないのであればそれは。
息を切らしながら弾き終わるイリナ。余裕などない。グレートヒェンが憑依でもしていたかのように、ぐったりとする。
少し間を置こうか、と迷いつつブランシュのかける声は重い。
「あの……こんばんは……」
聞こえるか聞こえないかの中間程度の大きさで。聞こえないのであれば、もはやそれでもいい。
俯いたままだったイリナだが、首だけ声のする方角へ。
「……ブランシュ……」
生気もなく、やりきった、という雰囲気ではない。が、しかし。
「……すごく、素敵な演奏でした! まるでグレートヒェンがピアノを弾いているみたいで、引き込まれました!」
思いの丈を伝えるブランシュ。深く譜面や詩を読み込むと浮かんでくる、苦悩や衝動を体現したかのような演奏。
一気にイリナは瞳に光を宿す。
「ほ、本当か!?」
立ち上がってブランシュの元に駆け寄る。舞台から降り、両手を強く握った。
「はい、シューベルトもゲーテも、きっとピアノだったらこんな風に弾いてほしかったんじゃないかと」
柔らかさだけではない境地に、ブランシュも感嘆する。付き合いはまだ短いとはいえ、表現力にさらに磨きがかかっている。
その勢いのまま懇願するのは、イリナの強い熱情。
「じゃあ、次の香水の曲、あたしが弾いていいか!?」
上機嫌で話を持ちかける。カルメン、ベル、ときたから次は順番的に、と勝手に居座る。
……ピクっと、少しだけブランシュの体が強張る。笑顔の奥に焦りの色。
「?」
それをイリナは見逃さなかった。なぜすぐに許可しないんだろう? ヴィズやブリジットもいるから、悩んでいるのだろうか。
困っているブランシュに助け舟を出すヴィズ。間に割って入る。
「ところでグレートヒェン様にリクエストしていいかしら? 同じくシューベルトで『ピアノソナタ 第二一番』」
次なる曲を選定。使用時間はもうわずかだが、そんなものは無視してピアノ独奏曲を。
「なんで?」
いきなり毛色の違うシューベルトにイリナは困惑する。
遠回しに、傷つけないように気遣うブランシュの言い方に、いてもたってもいられなくなったヴィズ。自分はぼやかさない。
「代わりに私が言ってあげるけど『雑な音で、まるで本当に発狂したようでした。わざとなのか知りたいので、他の曲も聴かせてください』って副音声が流れてたわ」
グレートヒェンを体現した、と言えば聞こえはいいが「音の濁りまでやる必要ある?」と、挑発的。




