122話
同じ時間を過ごしたことで、ヴィズも少しずつこの少女のことがわかってきた。腕を引っ張らねばいけない気弱なお嬢さん、というイメージが近い。
「いいのよ。後ろからプレッシャーをかけて、帰りたくなる雰囲気を作り出す。みんな友人で仲間だけど、それ以上に殺伐としたライバルなんだから。なんだったら、一緒にやらせてもらえばいい」
時々、自分の中の怖い部分が顔を覗かせる。音楽院を目指すことをやめたあたりから、もっと自分に素直になった。死神ではなく悪魔的な。
「……やっぱりやめておきます」
身の毛がよだったブランシュは、それらを回避。少しずつ、ヴィズにニコルの悪いところが感染している気がする。
だが、悪い仲間の増えたニコルのやる気は増していく。
「よっしゃ! じゃ、行こーかね。たしかに、ブランシュに欠けているのは、仲間を踏み台にしてでも上へ目指そうという貪欲さだな」
「踏み台にしてどうするんですか。勝ち負けなんてないんですから。みんな違ってみんないいんです。ねぇ、ヴィズさん?」
なにやら物騒なことを提案され、急いで否定するブランシュ。そもそも、自分達のやっている香水作りは、誰かと争っているわけではない。ゆえに、比較対象もいないわけで。これには楽しむことを第一にしているヴィズも同意してくれるはず。しかし。
「あら、たしかに私は音楽院は目指さないけど、上は目指さない、とは言っていないわ。私は私なりの方法で楽しんで目指すの。私なりでいいなら、弾いている人がいたら、眠らせてでもピアノを奪うわ」
元々、こういう考えのほうが合っていたのかもしれない。生き生きとする自分に気づいたヴィズ。
貧血のようにふらっと意識が飛んだブランシュ。頭が痛い。いや、重い。辛い。
「もうめちゃくちゃです……」
どうせ拒否しても手足を持たれて連行されるので、特に抵抗せずにホールへ向かう。寮から出ると、もう外は暗くなってきている。今更ながら、パリに来て少し経ったと実感してきた。前はもっと日が長かった気がする。
「……グラースは今頃、どうなっているんでしょうか……」
パリから見上げる南の空。どうなっている、というのも抽象的だが、思い返すのはかつての日々。今の忙しく慌ただしい日々とは真逆、ゆったりと時間の流れる故郷。
「ん? どうした?」
足を止め、なにもない場所を見つめるブランシュに、ニコルもつられて同じ方向を。珍しい鳥でも飛んでいたのだろうか。
「……いえ、こちらに来て二ヶ月も経ったのか、って思ったら、少しグラースのことを」




