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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
120/369

120話

 だがその気持ちは、ブランシュにはなんとなくわかる。『辛い努力は実らない。努力と考えているうちは報われない』という考え方がある。それに賛同している。


「プロのピアニストになりたい、という人ばかりではないですから。なんらかの形で関わる人も、完全に趣味と割り切る人もいます。でも、たしかにもったいない、というのは同意です」


 とはいえ、ヴィズの実力が世間にこのまま知られないというのも、それはそれで少しもどかしい。だが世界には動画の配信などでお金を得るプロもいる。様々な道があるのも今の時代だ。


 そんな中、ニコルは悪魔の囁き。


「香水用の専属ピアニストになってくれたら嬉しいけど」


 色々と助かる部分が多い。上手くいけばすんなりと一〇個終わるだろう。


 そういった面白そうな企画には、案外乗り気なヴィズ。努力よりも楽しいの天秤が勝つ。


「それも面白そう。誰もやっていないでしょうね」


 だが、ピアニストには得意な、勉強したい、弾きたいと思わせる作曲家がいる。ブゾーニにとってのリスト、グレン・グールドにとってのバッハ。作曲家は数多く存在し、楽曲も数えきれないほどある。絞って研究することで、音の深みが増す。それでも時間は有限。ゆえに、全ての作曲家に通じる演奏家など、基本的にはいない。


 そういった事実も、ブランシュがピアノの伴奏をお願いするのに渋る理由のひとつ。


「無理は言えませんよ。得意な作曲家とかもピアニストの方によって違いますし、なんの曲かもわからないんですから」


 自分達のために、その人が新たに覚えて、というのは避けたい。こちらの都合に合わされると、申し訳なさに襲われる。


「なーるほど。ま、ヴィズが決めた道なら応援するし、やりたいようにやるってんなら加勢するしかないね。するのはブランシュだけど」


 ノエルの時期の教会リサイタルに手を貸す代わりに、弾ける人を紹介してもらう。ギブアンドテイク。音楽科ピアノ専攻であれば、だいたいの作曲家は埋まるだろうとニコルは悪知恵を働かせた。


 来月に迫ったそのリサイタル。一応ちゃんとした学校の行事かつ、音楽院の講師も聴きにくる盛大なもの。ゆえの、勝手に混ざることになったブランシュは、今からすでに緊張の毎日。


「……正直、よく許可が降りたなと思いますね。学園としてはコンヴァトなどの音楽院を目指してほしいと思っているはずですから。私も変に目をつけられているのかも知れません……」


 パリ国立高等音楽院、通称コンセルヴァトワール。その他、数多くの音楽院がフランスだけでも存在するが、ひと言で言うなら『格安で通える最高級の音楽大学』と言ってしまって問題ない。学校というようなものではなく、合格したら週に何度か、月に何度か著名な講師に習う。


 ではどのようにすれば受かるのか? 当然試験を受けるのだが、その試験官の講師を選ぶことができる。そのため、事前にその試験官から手解きを受けておく。試験官からしても、全く知らない受験生を合格させるよりは、知った者のほうが合格させやすい。裏技でもなんでもなく、これがかなり多い。必須とまで言う人も。

 

 そういった背景もあり、学園からの依頼などで音楽院の講師がリサイタルに来てくれた際に、アピールの意味も込めて演奏する。そして気に入られれば、師事することもできる可能性がある。最も、リサイタルなどなしで、習いたい講師のところに直談判しに行く者もいる。方法は自由だ。


 なので、ヴィズのアピールの場を邪魔してしまう気がして、目指さないとは言われてもブランシュには気が重いのだ。さらに、目立つのは苦手。


「それはあるかもね。今のところ大事にはなっていないけれど、話題にはなっているし。そろそろ声がかかるかも」


 ヴィズが思い返すのは、ここ最近の音楽科の話。『普通科にとんでもないのがいる』という噂。数名はブランシュの『雨の歌』『新世界より』を聴いて、そこからどんどんと広まっていった。それは当然、学園の講師の耳にも入っている。


 そんな台風の目になる必要はないのだが、この状況にニコルはご満悦。


「まぁ、普通科の生徒とは思えない演奏だし、この前も少しいたみたいだし? いいねぇ、主人公感あって」


 あとで撫でてあげよう。それと、お菓子も少しだけ残しておいてあげよう。あくまで少しだけ。


 気楽な考えの妹に、若干立腹するブランシュ。


「茶化さないでください。私は波風立てることなく卒業して、グラースで調香師として生きていくわけですから。趣味であることは変わりません」


 ヴァイオリンのおかげでたくさんの人と知り合うことができた。ヴィズも、イリナも、カルメンも、ベルも、フォーヴも。だが、自分の目指すべき場所ではない。ヴァイオリンも弾ける調香師、くらいでいい。ストラディバリウスなんて、身にあまりすぎる。


 そのヴァイオリンの腕前を披露する機会がほとんどないというのも、これまたヴィズにはもどかしい。誘うだけ誘ってみる。


「音楽科に移ることもできるけど、そのつもりはない? 来てくれたら、みんな喜ぶと思うわ」


 ヴァイオリン専攻には刺激になるだろうし、なにより卒業までの期間がさらに彩られる。これは自分の利益。


「……はい、やはりそのつもりはありません。今で充分楽しんでいますから。それだけで私には……」


 どこか憂いを帯びている気がするブランシュの笑顔。気にかけてくれていることはありがたいが、応えることができずに申し訳ない。その言葉が奥に秘められている。

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