118話
それはブランシュも同感なのだが、この曲にはとある秘密がある。あまり明かされていないため、知らない人は多い。
「全部で第三楽章あるわけですが、第一楽章のピアノの譜面を見てみると——」
「ストップストップ。聞いといてなんだけど、私じゃわかんなくなりそうな流れだわ。もう直接ヴィズと打ち合わせちゃえば?」
譜面とか言われてもちんぷんかんぷんなニコルからしたら、情報過多すぎる。わかる人を呼んで、意見をぶつけ合えばいい。
たしかにヴィズの考えをニコルに聞いても、わかるわけがない。喉元まで出かかった談義をブランシュは引っ込める。
「……ですね。おそらく知っているかとは思いますが……」
鍵盤楽器をやる以上、バッハは避けて通れない音楽の父。この曲について、弾けばわかる違和感の正体は、当然調べてあるはず。その他、打ち合わせておきたいこともある。
という、ここまでの流れを読んでいたニコル。すでにヴィズには連絡済み。
「よし、じゃあそろそろ来るから。思いの丈をぶちまけちゃって」
布団を被り、いつでも寝れる体勢でフェードアウトしていく。
いつもながら、妙に鼻の利く妹に対して、ブランシュの顔が引き攣る。
「……なんでそんなに準備がいいんですか」
最初からこうなることをわかっていたのだろう。自分で話を振っておきながら、解決できるとは思わないので他人に任せる。その詰め方は癪だが感心する。
「まぁそれが? マネージャーの仕事っての? あなた達が気持ちよーく弾けるために、裏でコソコソするのがメインだから」
布団の下からくぐもった声で言い訳を始めるニコル。逃げることだけは素早い。
「……いや、堂々とやってください」
と呆れるブランシュだが、結果的にはそれが一番早い。リサイタルまで一ヶ月と少々。毎日できるわけではないので、思っている以上に時間はない。




