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Parfumésie 【パルフュメジー】  作者: じゅん
重々しく。
116/369

116話

「それに今、使用しているものも、大切な方からいただいたものなんです。私の全てを知り、私が全てを知るヴァイオリンですから。これ以外に考えてはいません」


 当然、いい楽器を使えばいい音が出るのだが、それを弾きこなすには時間が必要であり、実力も伴っていないと宝の持ち腐れになることを、ブランシュは理解している。それならば、愛用しているものを修繕し、使い続けるほうが理に適っている。


「まぁ、たしかに。よく私にはわかんないけど、来月にはリサイタルもあるわけだし。ヴィズの顔に泥を塗るわけにもいかないからね。そらそっかぁ」


 勢いよく腕を天に伸ばし、肩や肩甲骨のコリをほぐしたニコルは、人目を憚らず欠伸。本人がいいって言ってるならしゃーなし。シュライバーを使用しないと末代まで呪う、と脅そうと思ったが、一応は姉妹ということになっているため効き目がない。自分まで呪われる。


 だが、コーヒーのカップを持つブランシュの右手が止まる。少しカタカタとソーサーの音までたてだす。歯もガチガチとひっそり。


「……!」


「ん?」


 明らかに動揺している姉の姿に、目の端に涙を浮かべたニコルは、テーブルに両肘をつき前のめりになる。


「どうしたの? なにかあった?」


 なにか変なことを言っただろうか。思いつかないが、非常事態であることは間違いないらしい。目がバタフライで泳いでいる。


 思い詰めたようにブランシュは口を開く。


「リサイタルのこと……忘れてました……」


「まじ?」


 しっかり者のこの子にしては珍しい、とニコルは口笛を吹いた。いつもは自分よりも他人を気遣うが、忘れているとは。疲れているのかな?


 肺に溜まった悪い空気を全て吐き出し、ブランシュは今後の予定をピックアップ。


「……そろそろヴィズさんと打ち合わせ兼練習をしていかないと」


 時間はない。が、焦ってもいい演奏はできない。有料なのだから。お金を払ってくださる方々のためにも。と、それともうひとつ。懸念材料。


 上手いこと同じタイミングで思いついたらしく、ニコルは先んじて話題にあげる。


「それと香水。三曲目だし、そろそろ慣れてきた?」


 クラシックテーマに合った香水を作ること。それがギャスパー・タルマから課された宿題。を、ブランシュに代わりにやってもらっている。慣れてきたのであれば、あまり負担にならないように感じてくれていたら、こっちも気持ちは楽。


 しかし、憧れの方に試していただく、という観点からもブランシュの気が休まることはない。


「慣れません。どんな曲がくるのか、その時にならないとわかりませんし。弾いたことのない曲だったら、と思うと……」


 曲名を聞く時は心臓に悪い。人間の一生の鼓動の回数は決まっているというが、その瞬間に相当消費している。


「で、なんだっけ? なんかおどろおどろしい曲名だった気がするけど」


 今回の三曲目、聞いたのだが当然のごとく忘れたニコルは、早々に思い出すことを諦める。聞いたほうが早い。


 そんなことだろうと思っていたブランシュ。もう四回目くらいな気がする。目を瞑り、脳内で再生。


「同じような曲名のものが何曲かあるので紛らわしいのですが、作曲者はサン=サーンス。曲名は——」


 踊る。骸骨が。墓地より這い出で。踊り狂う。


「『死の舞踏』、です」


 木々が、揺れる。

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