114話
死神がやってくる
踵でリズムを取りながら
真夜中に死神が奏でるヴァイオリンは 舞踏の調べ
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「必要ありません。私には過ぎた代物です」
そう、きっぱりと断りを入れたのは、ヴァイオリンを趣味とするが、夢は香水などの調香師、ブランシュ・カロー。これ以上は聞く耳を持たない。そうとでも言うかのように、プイっと顔を背けた。
万聖節も過ぎ、学校も長期の休みが終了。学生達で混み合う、学園内のランチタイムのカフェでイスに座る二人。三階にあるため見晴らしがよく、ガラス張りの広い窓からは、よく使わせてもらっている音楽科のホールも、眼下に見える。その他、遠くにはエッフェル塔も。
「え……いや、なんでよ。すごい楽器なんでしょ? ストラディバリウスって」
必死に説得するのは、血の繋がりもなく性格も真逆なのに、偽の妹として学園に登録されているニコル・カロー。彼女が勧めるもの。楽器に対する知識はないが、そんな彼女でも聞いたことある高価な、それでいて伝説のようなヴァイオリン。
ストラディバリウス。
イタリアの弦楽器職人、アントニオ・ストラディバリとその子供である、フランチェスコとオモボノが制作した楽器。ヴァイオリン以外にも、チェロやマンドリン、ヴィオラといった弦楽器にも、ストラディバリウスは存在する。
一七世紀後半から一八世紀初頭にかけて制作された、約千挺の弦楽器のうち、現存するものが約七〇〇。ヴァイオリンでは六〇〇挺あるといわれている。それらは何百年もの間、名ヴァイオリニスト達によって弾き続けられ、形を保っているという、歴史の重さがあるのだ。
そのストラディバリウスの音色は唯一無二であると言われているが、それを可能にしているのは、当時の特殊な気候を生き抜いた木の『年輪』。もう二度と作り出すことが出来ない、と言われている理由はそこにある。ゆえに希少価値は恐ろしく高い。
それをブランシュに譲る、という所持者からの提案。
「私は趣味で弾いているだけです。車で例えるなら、スーパーに買い物に行くのに、サーキットカーを使うようなものです。適材適所、というものがあります」
固く決断しているブランシュの心臓は、跳ね上がることもなく一定のリズム。ストラディバリウスを喉から手が出るほど欲しい、という人は世界にごまんといるが、それに自身は含まれない。
興味がない、と言えば嘘。だが、自分には不必要なほどの芸術品だと理解している。それに、長年使い続けてきたヴァイオリンが手元にはある。愛着もある。お互いに全てをわかりあっている。だからこそ、唐突に世界的な有名人からいただける、なんて提案も申し訳ないだけ。




